藤山家においでよ

横浜のパワースポットと化した藤山家。施術、お料理、お話し会などを通じて『幸せに生きる』を実験、研究しています。

今年も私のお誕生日がやってきました。

 

夏だ。

毎日が夏だ。

私は夏が大っ好きだ。

特に8月が大好きだ。

あっつくてイライラするのも、汗でデロデロになるのも、キッチンに立ちたくなくなるのもたまらなく好きだ。

今年は特に家がパワースポット化して1年が経ち、私の体調が天気にあまり左右されなくなったこともますます最高だ。(台風が上陸しなくても、どこかで発生しているだけで体調が悪くなってたんですよ。←めんどくさい女だなぁ。)

 

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一昨日のキャンプでの一コマ。

 

8月8日は私の息子、天太(てんた)さんの命日だった。

そして今年のお盆は父親の新盆。

天さんを無性に抱っこしたくなる衝動にかられる時もあるし、父親と無性に話したくなる衝動にかられる時もある。

私はその衝動を感じられることを幸せだと思う。

『あー天さん可愛かったなぁー!』と思う時、『あーお父さんに会いたいなぁ』と思う時、私はそう思っている自分が愛しい。

 

先日母親にあった時、母はこんなことを言っていた。

 

『楽しかったことしか思い出せないのよねぇ。』

 

父親が亡くなるまで自宅介護をしていた母はいつも文句を言っていた。

愚痴もたくさん言っていたし、いつもクタクタに疲れていた。

それなのに。

 

私は天さんが生きている時、たくさん文句を言っていた。

「もーやだよぉ。泣」「この生活がいつまで続くんだろう…?」「可愛いんだけどなぁ…。死んじゃうんだよなぁ…。」「ゆっくり眠りたいよぉー」

 

でも今。

天さんが可愛かったことばっかり思い出す。

笑った顔や泣き顔を思い出しては「ふふ」と笑う。

 

『あの時は大変だったけど、でもあれはあれで楽しかったなぁ。』

 

そんなことを思う。

幸せだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

スキンケアを一切しなくなってどれくらいが経つだろう。

今の私は化粧水も日焼け止めも一切塗っていない。

もちろん日焼けはバリバリするし、肌のきめが細かいか?って言われればノーだ。

でもすっごい快適だし、肌の調子はバリバリ良い。

 

白髪染めをしなくなってどれくらい経つだろう。

今の私は白髪バリバリの髪をバッサリ切って、嫌で嫌で仕方がなかった自分のくせ毛をバリバリさらけ出している。

シャンプーも石鹸シャンプーで、リンスは自作のクエン酸リンスだ。

ワックスもつけることがほとんどなくなり、毎日が快適で楽ちんだ。

 

先日この私の髪の色と髪型をべた褒めしてくれる人に出会った。

 

「わー!その色にしたいのよぉー!かっこいいー!その髪型も素敵ー!理想!それ理想!!」

 

その人は私の髪型と髪色を全貌の眼差しで見てそう言った。

私はその言葉に驚いて、そして大喜びした。

 

スキンケアもしないし、化粧も最小限の毎日。

髪は染めないし、髪型セットもほとんどしない。

私は私をとことんさらけだしている。

私はそこにものすごい恐怖を感じ、「こんなんでいいのか?!」と不安にかられる。

でも、そんな私を褒めてくれる人がいる。

亮一さんも褒めてくれる。

 

「うん。いいよ。ゆっきぃはそれが似合うよ。かっこいいよ。」

 

これでいいんだ…。

 

実際私の快適度はどんどん増している。

私は私の髪の色が好きだし、このもじゃもじゃのぐちゃぐちゃの髪型も割と好きだ。

シミが増えてきたこの顔もなかなか好きだし、なにより化粧や日焼け止めのことを気にせずに気軽に外出できるのも楽ちんで好きだ。

かといって化粧が嫌いなわけではないし、おしゃれをするのも好きだ。

 

私が求めていたのはこれだったんだ。

 

どっちでもいい。

 

これ。

 

化粧はしてもしなくても、いい。

スキンケアはしてもしなくても、いい。

おしゃれはしてもしなくても、いい。

白髪染めはしてもしなくても、いい。

人目を気にしてもしなくても、いい。

良い人ぶらなくてもぶっても、いい。

言いたいことを言っても言わなくても、いい。

 

 

 

今日は私のお誕生日だ。

今年のお誕生日は去年にも増して最高だ。

 

私が私でよかった。

誰にも変わってやるもんか。

 

スタイルが悪くても、歯並びが悪くても、文章センスがなくても、片づけや掃除が苦手でも、人付き合いがへたっぴでも、お金のやりくりができなくても、予定が立てられなくても、すぐダラダラしちゃっても…etc

 

私は私でよかったなぁ。

 

関わってくれているみなさん。

いつもありがとうございます。

44歳になった私とも、ぜひ関わってやってください。

 

ではまた。

 

 

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やらなきゃいけないことが出てきたよ。~摂食障害について書きたくなってきたんだ。~

 

ちょっと前からやってみたいことが脳裏をかすめている。

やってみたいことというか、あーこれはやらなきゃなー的な感じかな。

 

ソープ嬢だったころのことをブログで書いている時も「これはどうしてもやらなきゃなー」な感じが満載だったのだけれど、今回のもそれに似ている。

 

 

私はかなり重度の摂食障害だったのだけれど、10数年前からその症状が一切出なくなった。

 

病院にも行かず、誰にも相談せず、じょじょに症状が軽くなって、そして症状が一切でなくった。

摂食障害の症状が出ていたのは、期間にして16,7年。

私は摂食障害という病気にかなり翻弄されました。

 

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こんな食事を楽しめる日が来るなんて思ってもみなかったよ。

 

症状が出なくなって、たまに「なんで治ったのかなぁー」と考えることはあったし、「たぶんこれが治った理由だなー」なんてこともうっすらと気付いている。

でもほんとにうっすらなんだよね。

 

で、最近本気で「どうして症状が出なくなったんだろう?」と考えるようになりました。

ちゃんと掘り下げてみようと思い始めたんですね。

 

私が摂食障害で苦しんでいた時代は今ほどインターネットも普及していなかったから(私が疎かっただけなんだけど)、こんなめちゃくちゃな毎日をおくっているのは世界に私だけだと思っていた。

情報を得る手段も少なかったし、得ようとも思えなかったんだ。

だってこんなぐっちゃぐちゃなことしてるの本気で世界で私だけだと思っていたから。

それにこんな醜いことをしているのがバレてしまったら大変なことになると思っていたから。

そんな私が摂食障害の苦しみやリアルを自叙伝で書いた。

そしたらさ、私も摂食障害で…とか、私も実は…なんて人たちからメッセージを頂いたんだ。

なんか嬉しくてさ。

 

だから、もっと私の体験を私の言葉で綴ったら、もしかしたら楽になる人もいるかもしれない。

そんなことを思い始めたのです。

 

それになにより、過去の自分に捧げたい。

あの時孤独の中でもがいていた私。

1人っきりの部屋で苦しんでいた私。

誰にも「助けて」と言えず、なんとか1人でどうにかしようとしていた私。

 

「よくがんばったねーーーーー!!!!えらい!!!」と心から言ってあげたい。

 

何がどうなって、今の私になったのか。

ちゃんと掘り下げてみたい。

その衝動が強くなってきたのです。

 

(自叙伝の第二章が途中で止まってるのはお気づきですか?(;'∀')

すません。(;'∀')

なんか違和感があってね。

まだなんだよなぁ~…の想いがあってね。

あの形じゃないんだよなぁ~…と思っていてね。

もし続きを楽しみにしている方がいたらほんとにすいません。)

 

 

でね、摂食障害のことを調べてみたら、とある記事にこんなことが書いてあったんだ。

 

 

摂食障害は「中枢性摂食異常症」として「難病」に登録されています。
「難病」である摂食障害を放置すれば、将来仕事や家事、育児ができなくなる恐れがあります。

 

 

 

ちょっと!!!

摂食障害って難病に指定されてるんだって!!!!!

 

完治させるのがめっちゃくちゃ難しい病気だってさ!!!

 

今まで知らなかったんだよね。

そりゃ難しいよねぇとは思っていたけれど、難病指定されてるなんて知らなかったよ。

私、難病を克服?したんだねぇ。

 

(今摂食障害の症状が出ている方がもし読んでいたら聞いて!!

あなた、難病にかかってるんだって!!

だからさ、すぐに治まらないのは当たり前だよ!

ガマンが足りないとかじゃないんだよ!

症状が出ているだけだよー!)

 

 

これを知って、尚更知りたくなったんだ。

なんで私の症状が出なくなったのか。

ちゃんと文章化したくなったんだ。

 

さて。

どう書くかな。

たくさん考えよう。

 

なにかよきアドバイスあったら教えてください。

書きたいんだよ。

私、書きたいの。

書かなきゃなのよ。

 

どうすっかなー。

 

 

ではまたー。

 

 

 

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“そもそも”を何度でも考えてみようじゃないか。

夏休みです。

そらさん(娘8歳。激かわ。)は毎日毎日楽しそうに過ごしております。

 

夏休みが始まってすぐ、私たち家族はそらさんの学校のお友達家族と一泊で山梨県でお泊りをいたしました。

私たち夫婦が台湾旅にいる間、そらさんを預かってくれたご家族です。

LINEでのやりとり、学校行事でほんの少しだけ会ったことがある、まだそんな程度のお付き合いのご家族。

 

私は基本的にお友達が少ない女なので、こういう機会があるととても嬉しい。

たくさんお話がしたいし、いろんなことを聞きたいと思ってしまう。

ましてやそらさんと同じ学校に行かせている親御さんがどんな感覚なのか、どんな思いであの学校に入れたのかにとても興味があるのです。

(そらさんの学校はここですよー。→南アルプス子どもの村

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向こうから走ってくる鬼かわいいそらさん。

 

夜はみんなでバーベキューをして、お酒を飲みました。

どんなお仕事をしているのか、ご夫婦のなれそめ、好きなドラマの話し、若かりし日のこと、etc…

一緒に時を過ごしていると、とても気さくで華やかで、そしてとても親切な温かいご家族だということがわかった。

でも、なんとなくまだ表面的なお話ししかできていないなぁという印象が否めなくて、私はもっと仲良くなりたくなっていた。

 

次の日。

私たちは子供たちが楽しめる場所を求めて、山梨県のあちこちを遊びまわりました。

そしてその場所場所でぽつぽつとまたお話しをした。

 

旅の終わりのころ。

お友達のママが学校のことを話し始めました。

 

「基本的にすごく良い学校だとは思っているんだ。下の子たちも行かせると思うし。」(そのママさんは3人の子をもつママさんです。すげー!)

 

多少引きつった笑顔で話すお友達ママ。

 

「でもね…」

 

ママさんはなるべく悪口みたいにならないように、言葉に気をつけているのがわかる言い方で話しを続けました。

 

「中学校は行かせるか微妙なんだよねぇ。」

 

そらさんが行っている学校は同じ敷地内に中学校もあります。

いまのところそらさんはその中学校に行く!と言っています。

私はそのことに関してさして疑問に思った事もないし、不安を感じた事もありません。

(学費払っていけるのか?!の不安は感じることがあるけれど^^;)

というか、私がなぁーんにも考えていないから、疑問もわかないし不安も感じないんだよね。汗

 

お友達ママさんはその後、いろんな言葉を口にしました。

私はそのママの口から出てくる言葉にただただ驚き、そして感心するばかりでした。

 

「まだ子供だもん。そりゃ自由にのびのびは良いと思うし、それを望んで入ってもらったんだけれど、でも大人がサポートしなければならないところだってたくさんあると思うんだ。高校受験とかどうなってるのか情報が少なすぎると思うんだよね。

願書の期限とか、子供がちょっとボケーっとしてたらアウトでしょ?!

進路指導はしないっていうじゃない?どこまでしないのか、だったらどこまで親がサポートしていいのか…。

もしそらちゃんが『医者になりたい!』って言ったとするじゃん。そうしたらもう高校受験からどうにかしないとなりたいものにもなれないよね?

そこのサポートをしていくのが親の役割だと思うんだけど、あまり口出してもいけないみたいなこと言われてるし…。

学校側もどう考えているのかはっきり言わないし、子供も学校のこと聞いてもあんまり教えてくれないし、よくわからないんだよね。

そういうの先輩ママさんとか先輩パパさんとか卒業生とかどうしてるのか聞いてみたいんだよねぇ。そういう情報が少なすぎるんだよなぁ。」

 

子どもの将来のことを真剣に考えているだろうことが伺える言葉が並びます。

私はお友達ママさんの言葉を聞きながら「おー。」とか「なるほどー。」とか「そんなこと考えるんだー。」とかいろんなことを思う。

私がいかに何も考えていないかがわかった時間でした。

 

そらさんが通っている学校は高校はありません。

いや、あるんだけど和歌山に一校だけ『高専』があるだけです。

なのでほとんどの子が『高校受験』をするのでしょう。

ただ、小学校に入るときに私たち夫婦はこんなことを言われました。

 

「中学生になってもこちらから進路指導をすることはありません。それを了承してくださいますか?」

(この言葉にはいろーーん意味が含まれています。この学校の大人(先生がた)はほんっとに真剣に子供たちのことを考えてくれています。無責任に言ってるわけではないのです。ほんとよ。すっごく信頼しています。念のため。)

 

と。

 

私はその言葉を聞いて「はい。全然いーです!」と答えました。

なんなら中卒でもいいじゃん!と思っているからです。

これは無責任な言葉なのかどうかは今の私にはわかりません。

そらさんの人生はそらさんが決めればいいと思っているので、私はそらさんがそれでいいなら別にいいじゃん!と思っています。

 

でも、お友達ママの口から出てくる言葉を聞いて、ちょっとだけ揺れ動いている自分が居ることにも気付きました。

 

「まだ子どもだし、ボケーっとしている部分もある。」

 

た、確かに…汗

今のそらさんを見ているとかなりボケーっとしている…

願書…

締め切り…

申請…

うぅ…

確かに…

 

「高校でつまずいたら終わり!っていう職業だってあるでしょ?!」

 

…そ、そうなのか…

…そう…かもしれない…

 

私はそのお友達ママさんの言葉でいろんなことを考えました。

そらさんがガッカリしている姿はやっぱりみたくないし、なるべくなら毎日楽しく、そしてなりたいようになっていって欲しい。

そう感じている自分がいることを知りました。(当たり前の想いなんだろうね。)

そして、そのママさんが言うように子どものサポートしていくのが“親の役割”なんだろうなぁと思っている自分。

そんなことを全然考えていなかったことを責めている自分。

どこまでいっても自分の事で精一杯なことをダメだと感じている自分。

いつまでも『しっかり出来ない私』にバツをつけようとしている自分。

こんな母親でそらさんがかわいそうだと感じている自分。

もっと危機感をもたないとそらさんの将来がめちゃくちゃになってしまうんじゃないかと不安にかられている自分。

 

そんな自分に再び出会いました。

 

とても居心地が悪い。

ソワソワとする。

目がキョロキョロする。

どうしたら大丈夫になるだろうか?と周りを見回す。

いつでも警戒している。

ちょっとでも計画通りではないことが起こったら一気に不安に押しつぶされる。

 

そんな感覚に陥ったのです。

 

あれ?

あれあれあれ?

 

これ…

幸せか?

 

ふと我に返る。

とてつもない違和感に気付く。

 

『不安に陥る』ってこんなに居心地が悪いことだったのかっ!!!と驚愕する。

 

お友達ママさんは本気で我が子のことを考えていると思う。

どうしたら一番いいのか?を真剣に考えているんだと思う。

それは、そうなのです。

そこにたいして何かを言いたいわけではないし、よくそんなことまで考えられるなー!と心から感心するし、わかんないことがあったら聞こう!しっかり者だな!!とものすごく頼りにしている。

 

子供の将来を憂う気持ちがあるのは当然だ。

そりゃ笑っていてほしい。

 

でも、そこで私は立ち返る。

 

“そもそも”求めているものはなんだろう?と。

進路を心配するのは“そもそも”なんでだろう?

将来を憂うのは“そもそも”なんでだろう?

“そもそも”どうなって欲しいと思っているのだろう?と。

そしてなぜそう思うのだろう?

“誰が”そう思っているのだろう?

 

子どもの幸せを願わない親はいないと思う。(多分ね)

『この子が幸せでありますように』といつだって願うものだと思う。

でも、そこで立ち止まる癖をつけていきたい。

 

“そもそも”『幸せ』ってなんだっけ?と。

 

いつだってここに真剣でいたい。

私はすぐに『深刻』になってしまう要素を持っているからそこは気をつけて。

『深刻』ではなく『真剣』に。

 

あれ?

“そもそも”私ってなんだっけ?と。

 

私にできることなんて毎日をなるべくご機嫌で過ごすことくらいだ。

何があっても一緒に笑っちゃおうぜ!と言えるようにしておくことくらいだ。

どうせ先のことなんて私には考えられないのだから。

計画的じゃない親ですまん。とそらさんに素直に謝ってしまおう。

 

“そもそも”と立ち止まる。

そうするとさ、いままで見たこともなかった彩(イロドリ)が見えてくるものなんだよね。

よかったらやってみてください。

先のことは考えられなくなるかも?!だけどね。笑

 

 

 

読んで下さってありがとうございます!

ではまた。

 

 

 

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アンマの抱擁と私の哀しみと『じわじわ』の話し。

 

7月22日、月曜日。

私は朝早くからもぞもぞと動き出し、この場所に出向いた。

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インドの女性聖者、アンマに会いに行ったのです。

 

あれは多分2か月くらい前のことだったと思う。

私の夢の中にアンマとサラスワティー(弁財天さま)らしき人物が現れ、私をとても優しく抱きしめた。

そして「私のむすめ…」とそのお二人が耳元で囁くのだ。

アンマは泣いているような顔で。

サラスワティーは優しい慈悲深い笑顔で。

私はそのお二人に交互に抱きしめられ、最初は戸惑い、そしてその後とてつもない安心感に包まれたのだ。

 

目が覚めた時、夢があまりにもリアルすぎてお二人の姿を探してしまうほどにリアルな夢だった。

 

『抱擁の聖者アンマ』を知ったのはいつ頃だっただろう。

多分4,5年程前だと思う。

私はただ興味があっただけで、特に心を揺さぶられたわけではない。

「え?!聖者に抱きしめてもらえるの?!うわー!興味あるー!」くらいのものだ。

私は私が『インド聖者に抱きしめられる』という経験をしたらどんな感想を抱くのか?に興味があった。

だから「一度でいいから会ってみたいなぁー」くらいの感じだったのだ。

なので今年も「会いに行こっかなー」と言ってはいたものの、計画性のない私は特に調べるわけでもなく、きっと会いに行かないままアンマが来日する日程も知らないままに日々が過ぎ去っていくんだろうなぁと思っていたのです。

 

が、月曜日、私は気付いたらアンマに会うために整理券配布場所に並んでいた。

 

会場入り口でボランティアの女性に「生まれて初めてアンマに会いますか?」と聞かれた時(生まれて初めて…?)とちょっとその言葉にニヤリと笑いながら、「は、はい。生まれて初めてです。」と答えた私。

思ったよりも広い会場に驚き、そして開場前なのに人がたくさんいることに驚いた。

 

会場内の椅子に誘導され、無事に整理券を手に入れた私はその小さな券を手のひらに乗せてジッと見た。

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これね。

 

この小さな券が私を『生まれて初めて』の体験に導いてくれるのか…と思いながら。

 

 

11時前。

いよいよアンマが登場する時間がきた。

厳かな雰囲気を醸し出すようなアナウンスが会場内に流れる。

 

「間もなく…アンマがいらっしゃいます…まだ…お席にお着きでないない方は……」

 

私は椅子に座りながら、自分が何を感じているのかをジッと観察していた。

この会場の空気感。

身体の状態。

私の感情。

冷静に、ジッと観察していた。

 

さっきからちょっとだけ気付いていたんだけど、なんとなく気のせいにしていたことに改めて気付く。

私はこの会場に入った時からずっと天太のことを思いだしていた。

(天太さんは私の息子で5年前に1歳4か月で亡くなっています。18トリソミーという染色体異常で生まれた子です。)

日常、天太のことを思い出すことなんてほとんどない私が天太のことを次々と思い出し、そしてその過去の日々をリアルになぞらえていたのです。

私は『天太との日々を思い出すこと』を自分に赦し、そのままにしていた。

そこに浸るわけでもなく、悲劇のヒロインになるわけでもなく、そのまま思い出している自分を眺めていた。

そうしたら、不思議な言葉が私の脳裏に浮かんだのです。

 

『子どもを亡くすということは、哀しいことなのだ。』

『子どもを亡くすということは、“生み出したもの”として哀しいことなのだ。』

『これは人間の持つ、共通の感情だ。』

『人間が持つ、母親が持つ、湧きあがる感情なのだ。』

 

そんな言葉が次々と私の内部に聞こえてくる。

私はこの言葉を感じながら、「あぁ…私、哀しかったんだぁ…」とじわじわと味わったのです。

そして「あぁ…私は“生み出した者”だから、哀しくて当然なんだぁ…」とじっくり『全母親の想い』『全生み出した者の想い』を味わったのです。

 

人間は『哀しみ』を感じられるように細胞にプログラミングされているんだと思う。

あらゆる感情を感じられるようにプログラミングされているんだと思う。

だから、感じたくないっ!!と思ったって感じてしまうものなのだ。

それは言いかえればもしかしたら『神の恩寵』なのかもしれない。

『神』がなにかは知らないけれど。

 

「思う存分味わって。そしてそれを楽んで。」

 

そう言われているような。

 

アンマが登壇した後、会場全体で瞑想をした。

その瞑想がもんのすごく良くて、ますます“自分”という存在がよくわからなくなった。

(アンマが登壇した時はさほど感動もなく、「ふーん」という感じだったのにも驚いたんだけどね。)

 

 

瞑想が終わると、いよいよアンマの抱擁が始まる。

壇上がわさわさと動き出す。

ものすごい人数を抱擁しなければならないんだから、そりゃ大変だ。

きっとこれは夜までずっと抱擁が続くんだろう。

 

私はアンマの抱擁が始まってまた驚いていた。

1人1人の抱擁の時間が思っていたよりも長いのだ。

私の想像では“ちょっとしたハグ”のようなイメージだったのだけれど、実際は“ガチの抱擁”だったのだ。

ギュッと抱きしめ、時にはキスをし、そして耳元で何かをささやいている。

私はそのアンマの姿を舞台下からジッと見ていた。

 

最初はいいよね。最初はそりゃ時間かけるよね。

で?

いつ頃から抱擁の時間短くなる?

いつ頃から抱擁がおざなりになる?

 

そんな意地悪な思いを抱きながら。

 

が。

が!!

 

アンマはずーーーっと同じペースで、どの人にも変わらずに強く抱擁するのです。

優しく、そして力強く。(そう見えるのよ)

 

そして私の番がやってきた。

特にドキドキするわけでもなく、なんとなく淡々とアンマに目の前に膝立ちで座る。

アンマは私の身体をギュッと胸に抱きしめた。

私は顔を正面に向けたままアンマに抱きしめられたので、鼻がギュッと押しつぶされる。

私の鼻はそらさんからも亮一さんからも「矢印みたーい!笑」と言われるほど前に突き出している。(←不本意。ちくしょー。)

「あぁ…顔を横に向けておくべくだった…鼻がギュッとなって痛い…しまった…」

とごちゃごちゃ考えていた時、アンマが私の耳元でこう囁いた。

 

「私のむすめ…」

 

へ?

ニホンゴ?

ワタシノムスメッテイイマシタ?

 

とキョトンとしていると、すかさずアンマは「モーモーモーモーモーモー…」と謎の呪文を唱えながら私の身体を抱きしめながら小さく前後に揺らしたのです。

まるで赤ちゃんをあやしているかのように。

 

あっけに取られたまま抱擁が終わり、ボランティアの方に誘導され立ち上がる。

抱擁が終わった後、しばらくの間アンマの傍で座っていることが許されるのだけれど、私はそのまま壇上から降りようとしていた。

そんな私にボランティアの方が「こちらへどうぞ。」と声をかけた。

「え?いや…」と断ろうとすると、その方がアンマの真隣を指し、「そこにどうぞ。呼ばれているみたいですから…。」と言った。

「あぁ…じゃあ…笑」と苦笑いを浮かべ、私はその席に腰を下ろした。

 

呼ばれている…?

あぁ…そう言うと喜ぶ人がたくさんいるんだなぁ…。

 

私はアンマが他の人に抱擁している姿をチラッと見ながらそんなことを思い、なんとなく早々に席を辞した。

壇上からチラッと下を見て、人の多さに驚く。

そして私はこう思った。

 

「抱擁されたい人がこんなにもいるんだなぁ…抱擁を求めている人たちがこんなにもいるんだなぁ…」

 

と。

 

私はゆっくり舞台から降り、会場内にある飲食ブースでカレーを食べた。

そこにもたくさんの人たちがいて、カレーを食べたりチャイを飲んだりしている。

私は友達から教えてもらった一番奥のカレー屋さんでプレートを買い、空いている席に腰を下ろした。

私の目の前には一人で来ているらしい、上品そうなご婦人が座っている。

そして私の隣には5,6人のグループのおばさんたち。

目の前のご婦人は黙って美しくカレーを食べる。

おばさんグループはあまり上品とは言えない様子で政治のことを語り、カレーを食べ散らかす。

目の前のご婦人はカレーを食べ終わると、私にニコッと笑いかけながら「美味しかったわねぇ」と言い、「お先に失礼しますね」と可愛らしく挨拶をした。

 

隣のおばさんグループの話声を少し不快に感じながら、私はゆっくりとカレーを食べた。

するとそのグループからこんな声が聞こえてきた。

 

「世界平和の祈りが必要な時代がやってきましたねぇー。」

 

私は自分の耳を疑った。

そして目を見開いた。

 

吐き気がする。

だから嫌なんだ。

こういう場所はこれだから嫌なんだ。

 

私の中で嫌悪感がものすごいことになっている。

喉までこの言葉が出かかった。

 

「世界平和の前にお前は平和なのかっ?!!お前自身が平和そうにはみえないけどそれはどうなんだっ?!!」

 

私はこのモヤモヤした気持ちをグッと自分の中に収めて、「あぁ…こう感じるってことは私も平和ではないのね…」と切ない気持ちになった。

 

 

アンマにお会いしてみて、そして抱擁を受けてみて、私は自分がまったく感動していないことにびっくりしていた。

もっと気持ちが高揚するかと思っていたし、もっと泣いたりするもんだと思っていたから。

なんとなく「なんか不思議な感じだったなぁ…」という感想と、「ふーん…」くらいのものだった。

アンマが夢と同じセリフを言ったことに少し驚いたりはしたけれど、それも「ふーん…そうかぁ。」くらいのものだった。

 

が。

 

夜、お布団に入り、目を瞑るとそれは起こった。

私のハートの辺りがいつもと違うのだ。

気のせいにしようと思えばそう思える、くらいのものだけれど。

でも、違う。

ハートの辺りをじわじわと感じるのだ。

この『じわじわ』に当てはまる言葉を探そうとすると、これなのかもしれない。

 

 

慈悲。

 

 

ただの『じわじわ』だけれど、言葉にするとこれなのかもしれない。

 

私はこの『慈悲』と名付けた『じわじわ』をじっくりと感じながら目を瞑る。

いつしかその『じわじわ』が全身に広がり、私全体が『じわじわ』になった。

 

その『じわじわ』は今も私の全身に広がったままだ。

私は『じわじわ』に成ったのだ。

 

もしかしたらこれが『聖者のパワー』なのかもしれない。

アンマのすごさ、なのかもしれない。

『ものすごい感動』ではなく、じっくりとゆっくりと浸透していくパワーなのかもしれない。

 

私は『慈悲』というものがまだわからないし、この体験をしたからってどうなの?って感じだけれど、ますますこの思いが強くなっている。

 

いつでも気付いていたい。

いつでも気付いている存在で在りたい。

 

と。

 

この『じわじわ』がいつまで続くかわからないけれど、忘れてしまったら“忘れてしまったことに気付いて”思い出せばいいんだよね。

執着せず、掴もうとせず、握りしめようとせず、ただ通り過ぎて行く風景を眺めている視点を持っていたいなぁ。

 

そんなことを思った体験でした。

面白かったよ。

 

さて。

今日はそらさんとプールにでも行ってきますかー。

夏休みだねぇ。

 

読んでくれてありがとう。

ではまた。

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お友達のために祈るそら先生。美しいなぁ。

そらさんと私のあれこれ。②~私とそらさんの会話(痩せることと小顔になることについて)~

火曜日の朝。

私はそらさんをとある駅まで送りに行きました。

そのとある駅からそらさんは特急列車に乗って、学校のある山梨県まで行くのです。

 

家からそのとある駅までの時間は約1時間30分弱。

私とそらさんはその時間、一緒に携帯のゲームをやったりおしゃべりをしたりして過ごしています。

普段の私は基本的にふざけているので、ずーーっとくだらないことを話してはケラケラと笑い転げています。(今この文字を打ったら『笑いこエロげています』となってびっくりした。←どうでもいい。)

そらさんも私と話している時は基本的にケラケラ笑い転げているのですが、たまーに「お、おう…」というような質問をしてきます。

私はその度に「お?…おおぅ…」と謎の声を心の中で出しながら、なるべく真剣に答えようと努めています。

 

この日もその「お?…おおぅ…うーむ…」の質問が突然やってきました。

 

 

「ねぇママ。哺乳瓶型になってるお茶とかジュースとか飲むやつ知ってる?」

 

その質問が出るまで、そらさんは私のおっぱいが小さいということをディスってふざけていたのですが(←藤山家あるあるの1つ。ぬふーーー!!!)、きっとそれ繋がりで思い出したのでしょう。

 

「え?哺乳瓶型のやつ?お茶とかジュースをそれで飲むの?大人が?」

「ん?うん。大人とか子供とか。流行ってるんだって。そらちゃんも欲しいんだ。」

 

私はそらさんがなぜそんなものを欲しがるのかわからず、「ふーん…」と少し聞き流そうとしました。

そんな私にそらさんはこんなことを言いました。

 

「なんかね、それで飲むと小顔になるらしいよ。ママはそういうの興味ある?ない?」

 

え?

え?

えーーー?!!!

小顔っ!!!

ほっぺたプニプニの8歳になりたてのあなたが?!!

小顔って言った??

 

 私は一瞬頭がパニックになりました。

なのでそらさんの質問を聞き逃していました。

 

「ママ?ママは興味ある?ない?」

 

はっ!!

私が?小顔に?興味があるか?ないか?

ていうかその前にあなたはどうなのよ?!

 

「小顔…?そらちゃんはどうなの?なりたいの?小顔に。」

 

あなた8歳よ。

あなたのほっぺは天然のぷにぷになのよ。

天然ものなのよ。

 

「うーん。なりたい…かなぁ。で、ママは?」

 

「え?なりたいの?なんで?そのままでめっっっちゃ可愛いのにっ?!!そのまんっまでめっっっちゃ可愛いのに?!!」

 

全力で訴える私。

私はそらさんに日に何度も何度も「ほんとにそらちゃんは可愛いなぁ。」としつこく言うので、こういう言葉にそらさんは慣れっこです。

 

「え?だって…IちゃんもYちゃんも『小顔になって可愛くなりたい』って言ってるし…」

 

ぬほーーー!!!

小学校2年生にしてこれですかっ!!

もうそんな感じなのねぇ…

 

「で?ママは?小顔とか興味ある?」

 

あ、あぁそうか。

これがそらさんからの質問でしたね。

私は心の中で「お?…おおぅ…」と呟きながら、こんな風に答えました。

 

「うーん…まぁ興味がないことはないけど、別にどっちでもいいかなぁ。綺麗になりたいとか綺麗でいたいとかの気持ちはまぁあるけどさぁ。あ!ママね、すごいことに気付いちゃったんだよ。」

 

私は私が気付いたことをそらさんに伝えたくて大袈裟にそう言いました。

「え?なになに?」と聞くそらさんに私はさも大発見をしたような言い方でこう伝えました。

 

 

「あのね…一日のほとんどの時間は自分の顔を見ていないんだよ。知ってた??」

 

「え?あー…確かに…」

 

そらさんはちょっと目を見開いて「確かに…」と言いました。

 

「鏡で見ることはあるけどさ、それ以外の時間ずーーーっと見てないでしょ?それに誰かと話している時はその人の顔を見てるでしょ?一日のほとんどの時間自分の顔を見ていないのに、小顔になりたくて頑張ってるのってどうなんだろうねぇ。」

 

そらさんは腕を組んで「うーん」と言いました。

そしてちょっと強い口調でこう反論してきました。

 

「でもさ、IちゃんもYちゃんも『痩せなきゃなぁ』とか『小顔になって可愛くならなきゃなぁ』とか言うんだよ。そうしないと男子に好かれないんだって。それに『ブス』とか言われることもあるし…。だからそらちゃんももう少し痩せたいなぁと思ってるんだよぉ。」

 

あぁ…

そうかぁ…

 

私は過去にさんざんそこに惑わされてきました。

『人からどう見られるか』

『可愛くなきゃ愛されないんじゃないか』

『痩せる=美しい』

『美しくなきゃ愛されない』

 

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あんたはそのままでじゅーーぶん可愛いんじゃボケーー!!

 

私はそらさんに自分と同じような過去を味合わせたくないと思ってしまう。

なのでこういう話しがでると、一瞬グッと身体が強張るのがわかるのです。

私はその強張りを確認しながら、私の内部で起こっているその緊張感を見逃さず、明るくこう言いました。

 

「痩せるとか痩せないとかじゃなくてさ、自分の身体が気持ちいいのが一番だと思わない?ママはそう思うんだけどなぁ。」

 

そして続けてこう言いました。

 

「そんな『ブス』とか言ってくる男子に好かれたい?そらちゃんの身体と心が気持ちいいのが一番じゃない?ママはそらちゃんはそのままで世界一可愛いと思うけどなぁ。ていうか誰っ!!そらちゃんを『ブス』とかいうヤツ!!ゆっるっせん!!!お前が人の顔を言える立場かっ!!ほんっとそういうの許せないんだよね!!ママがしばいたろか!てかしばくっ!!それでお前がいかにカッコ悪いことをしているかをこんこんと話したるわ!!そんでもってこうやってぐっちゃぐっちゃにして正座させて…」

 

↑途中から怒りで取り乱している私。(わざとよ。)

 

「あ…えと…ママ?しばくのは大丈夫だから…ね?そらちゃん傷ついてないから…ね?ママ?そらちゃんは大丈夫だからさ、ね?」

 

私をなだめるそらさん。(←藤山家あるある。しっかりものそらさん。)

 

「あぁ…つい興奮してしまいました。笑そうそう。だからさ、顔も身体も一日の大半自分で見てないんだよ。だから人目を気にして何かをするより『自分が心地よいか』のほうがずーーっと大切だと思わない?で、そらちゃんが自分で『これでいいんだ』って思ってたら最高じゃない?人がなんと言おうとさ。

 

「うん。…確かに。」

 

「それにさ、『ブス』とか『デブ』とか言ってくるやつがいたら『あぁ、あなたはそう思ってるのね。私はそうは思いませんけど』って思ってたらいいし、『人にそういうことをいうあなたはスネ夫ですね』って思ってたらいいよねぇ。」

 

「うん。そらちゃんね『ブス』って言われても『ふーん。そう言いたいんだなぁ』って思って聞き流してるよ。」

 

「おお!!すごい!!それだよーー!!素晴らしい!!」

 

すごい!!

そらさんすごいぞ!!

それが言える8歳はなかなかいないぞ!!

 

そんな興奮している私に、8歳のそらさんが冷静にこう口にしました。

 

「ていうことはママは小顔に興味がなくはないけど、そんなに気にしてないってことだね?」

 

う…

ま…まとめやがった…

 

「お…?おおぅ…うん…そうだね…」

 

そらさんはそんな会話を私と交わして「ママ!お話しありがと!いってきまーす!!」と笑顔で特急列車の乗ったのでした。

 

やるな…あいつ…

 

 

情報操作ってすごいよね。

これは洗脳だ。

テレビや雑誌のもつ影響力はほんとにすごい。

 

痩せている=綺麗=愛される=幸せ

痩せていない=綺麗じゃない=愛されない=幸せじゃない

 

ほんっとに無意識に、無自覚に、こういうことが刷り込まれていくような気がしてね。

私だってこの『思い込み』が完全に解除されているわけではない。

そらさんに言った言葉はそのまんま自分に向かって言っているようなものだから。

 

これからもっとそういうことを気にし始めるであろうそらさん。

きっとこれは避けては通れない道なんでしょう。

お友達からの影響もこれからどんどん受けていくだろうしね。

 

痩せることだって、小顔になることだって、楽しんでやってくれたらいいな。

私みたいに苦しまなければいいな。

これも私のエゴだけれどね。

 

痩せることも小顔になることも、あなたの幸せとは関係ない。

 

これをずっと言い続けたいな。

私にできることなんてそれくらいのものだからね。

 

 

さて、明日はそらさんの学校で発表デーが行われます。

そらさんは今『劇団みなみ座』というクラスに所属しているのでお芝居をやるようです。

むふふ。

そらさんが舞台に立ってる所、みるんだー。

楽しみ。

 

読んでくださってありがとうございます!

ではまた。

 

そらさんと私のあれこれ。『教える』と『口を出す。手を出す。』の違い。

 

今週の月曜日は祝日でしたね。

ていうことで、娘のそらさんはいつもより一日長くお家にいました。

(そらさんは寮に入っていて、週末だけ家に帰って来る生活をしております。)

 

金曜日の学校からの帰りの電車の中でそらさんはこんなことを言いました。

 

「そらちゃんね、1人でフレンチトーストを作ってみたいの。それで、パパとママにご馳走したいの。」と。

 

どうやらテレビでフレンチトーストの作り方をみたらしく、自分で作ってみたいとおもったらしい。

私と亮一さんは「テレビではどういうふうに作っていたの?」とそらさんに聞いてみたのだけれど、その答えがまた可愛くて笑ってしまった。

 

「あのね、フライパンにお水を入れてね、それで、フランスパンを入れて焼くの。そうしたらフレンチトーストの出来上がりだよ!」

 

なんの疑いも持たず、『ただフランスパンをフライパンで蒸し焼きにする』というレシピを披露するそらさん8歳。

 

ほんとはぶははは!と笑ってしまいたいけれど、そんなことをしたらそらさんが傷ついてしまう。

私は笑いをグッとこらえてこんな風に言ってみました。

 

「へー。ママはそういうレシピは知らなかったなぁ。フライパンにお水を入れてフランスパンを焼くの?そうなんだぁ。ママが知ってるフレンチトーストのレシピも聞いてくれる?」

 

この言葉を聞いたそらさんは「うん。そらちゃんテレビで観たのだいぶ前だから間違ってるかもしれないからママのを聞かせてくれる?」とちょっと恥ずかしそうに言いました。

よしよし。と思った私は、フレンチトーストの王道レシピを簡単にそらさんに伝え、「どうする?」と聞きました。

この「どうする?」はそらさんのレシピで作ってみる?ママのレシピで作る?の「どうする?」です。

そらさんは「うーん…」と少し考えてから、こう答えました。

 

「やっぱりママのレシピで作る!だってそらちゃんのより美味しそうだもん!それにそらちゃんの言ってるのは間違って覚えてるかもしれないし…」

 

か…かわいい!!

 

そして何度もこう言いました。

 

「ママもちょっとだけ手伝ってくれる?牛乳とかどれくらい入れるかとかわからないから。でも、でもね、手伝うのはちょっとでいいからね。そらちゃん自分でやりたいんだ。ママが手伝うのはちょっとだよ。」

 

か…かわいい!!

 

私と亮一さんとそらさんで話し合った結果、『月曜日の朝にフレンチトーストを作ってもらおう!』ということになりました。

結果、日曜日のお昼ぐらいからソワソワし始めたそらさん。

私にこんなことをたくさん確認します。

 

「あのさ、ママ。牛乳は買った?ちょっとは手伝ってくれるんだよね?」

「あのさ、ママ。卵は?あるんだっけ?」

「あのさ、ママ。お砂糖は入れるんだっけ?」

「あのさ、ママ。ママもキッチンのそばにいてくれるんだよね?」

 

か…かわいい!!

 

そしてミッション当日。

 

「そらちゃーん!フレンチトーストの日だよぉー!」

 

こう言って起こす私。

 

「うん!やろうやろう!」

 

嬉しそうに起きるそらさん。

 

「ママ、もうキッチン行っていいの?ママが先に準備する?」

 

そらさんはとても落ち着いた子なので、まず私に状況を聞きます。

偉い。

私は「ちょっと準備するから待ってて。」と言い、そらさんは「準備終わったら教えてね!すぐ行くから!」とやる気満々。

 

か…かわいい!!(←しつこい)

 

 

私はそらさんと一緒に料理をするのが好きで(そらさんが喜ぶからね)、そらさんが3歳くらいのころから一緒にキッチンに立ち始めたのかな?

楽しいし喜ぶし好きなんだけど、まーめんどくさいんだよね。

準備がさ。

 

どうやったらそらさんがやりやすいか。

どれだけ準備しておいたら危なくないか。

どこをどうサポートしたらいいか。

汚されてもイライラせずにいられるか。(←ここ結構重要ポイントだと思う。)

 

最初の頃はまだ手も今より小さかったし、出来ることも限られていました。

だからほとんど私が作っているようなものだったのだけれど、今のそらさんは出来ることも増えてきている。

そしてほんとは全部自分でやりたいと思っている。

 

私はキッチンで準備をしながら「うむむ…」と唸りました。

そしてこう呟きました。

 

「む…むずい…」

 

そう。

難しいのです。

もっと小さかった頃より準備が難しいのです。

 

これからもっと自分で料理をしたいと言い出すであろうそらさん。(わかんないけどね)

道具がどこにあるかも知っていった方がいいだろうし、材料をどうやって準備したらいいのかも知っていったほうがいいのでしょう。

でもある程度の準備はしておかないと、いっぺんにたくさんのことは覚えられないだろう。

 

「うむむ…」

 

私はたまにこんな声を出しながら、フレンチトーストをそらさんが作りやすいような準備を考えました。

今回は『私がどれだ手を出さないでいられるか?』が私のミッションなのだと思いながら。

 

「そらちゃーん!準備できたよー!」

「ほんと?!わーい!!」

 

私が呼ぶとそらさんはすっとんできました。

 

「ママ、準備意外と早かったね!」なんて言いながら。

(私は『うむむ…』と言っていたんだぞ。と内心思いながら)

 

「じゃあ~…まずフランスパンを切ろうか。」

「うん!」

 

そらさんの目が輝く。

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パジャマのままっていうのが藤山家のだらけ具合をあらわしておりまする。

 

そらさんが包丁を握る姿をみるのは未だに怖い。

だから私はすぐに「ぐっ…!ぬっ…!ぬはっ…!」みたいな声が出そうになってしまう。

そして「あー!あのさ、こっちの手はこうで…」と教えたくなってしまう。

私はそれをぐっっっっ!!!っとこらえる。

「わー!うまいうまい!そうそう!」と何食わぬ顔で褒めたりする。

で、なんとなーく「あのさ、こうやった方が危なくないと思わない?」とかるーく言う。(←実はめっちゃ必死。)

そらさんは「あーそっかぁ。」と素直の私の言うことを聞き、すぐに言われたことをやろうとする。

け…健気や…

 

「さー卵液つくろっかー」

「うん!ママ、牛乳の量教えてね。」

「おう!」

 

そんなやりとりをして卵液をつくる私たち。

「卵割ってー牛乳は…これくらいかなー。お砂糖も少し入れようかー」

私の言うことを真剣に聞くそらさん。

「これくらい?これでいいの?」

そんな言葉を口にするそらさんから『聞いたことは1つ残らず吸収してやろう!』みたいな雰囲気を感じる私。

この子はすごいな。

 

「さて。30分くらい卵液につけておこうか。冷蔵庫に入れておいてくれる?」

 

大き目のタッパに卵液を移し、切っておいたフランスパンをポンポン入れて浸しておく。

そのタッパに蓋をしてもらい、冷蔵庫にも自分で入れてもらう。

なるべく自分で。

なるべくそらさんに。

 

「じゃあ30分間テレビ観ててもいい?30分たったら教えてくれる?」

 

可愛い声で聞くそらさん。

 

「うん。わかった。でもさ、そらちゃんも気にしておいたら?今から30分だと…何時何分?」

「えーと…今が15分だからぁ…」

 

こうやって計算も覚えるし、時計も読めるようになるんだね。

そらさんは終始時計を気にして「もうそろそろだよね?」と言っていました。

まるで30分を少しでも過ぎたら失敗してしまうと思っているような口ぶりで。

そんな姿も可愛くて、健気だなぁと見ていたんだ。

 

さて。

いよいよ焼きに入る時間。

私はあらかじめ小さく切っておいたバターをキッチンに置きました。

 

「ママはあんまり手伝わないでよ。そらちゃんがやるからね。」

 

念を押すそらさん。

 

「うんうん。じゃあ火をつけてくれる?」

「うん!」

 

「じゃあバターをフライパンに入れてくれる?」

「うん!どれくらい?」

「うーん…これくらいかなぁ…」

「そらちゃんが入れる!」

「あぁごめんごめん。」

 

愛しいやりとり。

 

「そうしたら、こうやってフライパン全部にバターを行きわたらせてぇ…」

「うん!やってみる!」

 

真剣なそらさん。

 

「もうあとはフランスパンを優しく入れて焼くだけだよ。焼き目がついたらひっくり返してね。」

「うん!」

 

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壁の油のシミは見ないようにお願いします…

 

「じゃあ…ママはキッチンからでます!一人でできる?」

「うん!そらちゃん一人でやる!」

 

真剣にフレンチトーストを焼くそらさん。

私はキッチンの外には出たけれど、なんだか落ち着かない。

亮一さんも「え?そらが今焼いてるの?」と言いながら見に行っちゃう。

そんな全てがなんだか嬉しくて、ちょっとだけ泣きそうになってたことは内緒です。

(亮一さんがウザいって言うからさっ!)

 

「ママー!焼き目ってこれくらいでいいのー?!」

 

キッチンから呼ぶ声が聞こえると急いで向かってしまう私。

 

「えー?どれどれ?そうねぇ…」

 

と言いかけたところで、私は口をつぐみました。

そしてこう言いました。

 

「そらちゃんがこれくらいでいいやって思うところでいいよ。やってごらん。」

 

私がこう言うと、そらさんは「うん。わかった!」と真剣に焼き目を見ていました。

 

ふぅ…

 

それから数分後。

キッチンから元気な声が響きます。

 

「できたよー!」

 

私と亮一さんは「おー!できたかー!」と声をあげました。

 

「はーい!できましたよぉぉ」

 

ちょっと得意げな顔でキッチンからテーブルに運んでくるそらさん。

その完成品はこちら。

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上手に出来てる!!

 

すごく美味しくて、とっても上手に焼けていました。

私と亮一さんはそらさんが初めて作ったフレンチトーストをよーく味わって、そして「美味しいよー!すっごく上手!!」と何度も何度も言いました。

そらさんは「ほんと?よかったぁ!」とはにかんだ笑顔を見せました。

私はその時間、しみじみと幸せを感じていました。

 

8歳になったばかりの娘、そらさんが初めて自分でフレンチトーストを作った。

ただそれだけのことです。

でもその中にはもんのすごくいろんなことが詰まっていました。

 

 

私はこの出来事でこんなことを知りました。

 

『教える』と『口を出す。手を出す。』は全然違う。

でもその境界線がとても難しい。

 

 

つい口を出したくなるのはどうしてだろう?

つい手を出したくなるのはどうしてだろう?

 

これを読んでいるあなたはないですか?

こういうこと。

どうしてだと思います?

 

もう一度じっくり考えてみよう。

そして『待つ』ができるようになりたいな。

これが一番難しいからね。

 

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「お料理をする時は使ったものをちゃんと洗うものだよ」という私の教えを忠実に守るそらさん。健気だ。

 

読んでくれてありがとうございます。

ではまた。

人間関係のはじまり。

 

先日無事にランチ会を行うことができた。

恵比寿という都会の街の綺麗なレストランで(味は…うむ。)、3名もの参加者の方たちと時間を共有することができました。

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髪型がモンチッチのような私。なんかいーじゃんねー。みなさん素敵な顔をしているなぁ。

 

招致者の裕子さんは「ゆっきぃさん…満席にならなくてごめん…」と申し訳なさそうな言葉を口にしていたけれど、私はそんな言葉を口にする裕子さんが大好きだし、こんな得体の知れない女が話す、何の得にもならないようなランチ会に来てくれた参加者の方達が大好きだ。

特になんのウリもない、何やってんだかよくわかならない私が主役(らしい)ランチ会に3名も!!来てくれたなんて奇跡のようだと思いました。

 

裕子さん、来てくださった3名の素敵のみなさん、ほんとーーーにありがとうございました!!

 

↓本多裕子さんがこんな感じでいつもアップしてくれるのです。ありがたいなぁ。

[http://:title]

 

 

どうやら「今回行かれなかったからまたやって欲しい」というお声を頂いているらしく、次回もあるようです。

いやぁ…ほんとにありがたすぎて泣けてくるよ。

 

昔に比べ(昔っていつだよ。)、言いたいことがどんどんなくなってきている私なのですが、ランチ会の前にはやっぱり「面白かったなぁ」と言っていただきたく、何を話そうかなぁとワクワクしながら考えたりします。

 

今回のランチ会の私の中のテーマは『どこからどこまでが自分なのだろう?自分とはなんだろう?を考えてみよう』でした。

このテーマを前面に出しているわけではなく、ただ私の中に置いておくだけのテーマなのですが。

 

で、ランチ会の数日前にそれをもとにグルグル考えていたわけですよ。

 

↓以下、その時の私の頭の中の声。

 

人っていろいろ悩むけど、そのほとんどが『人間関係』の悩みだよなぁ。

仕事がぁ…とか、ダンナがぁ…とか、子供がぁ…とか、パートナーがぁ…とか、親がぁ…とか、いろいろいろいろ言うけれど、その全てが『人間関係』の悩みなんだよなぁ。

 

はて。

 

『人間関係』の悩みが尽きないのは何故だろう?

そして今私が『人間関係』の悩みがないのは何故だろう?

 

…うーん…

 

あぁ…

そうかぁ… 

 

私はそこで気付きます。

きっと今までさんざん読んできた本の中に書いてあったことなのだと思うけど、私はその瞬間それがストンと“落ちた”気がしました。

 

 

人間関係のはじまりは自分と自分の間の人間関係だったのか。

 

と。

 

私はずーーーっと長年かけて、『自分と自分の人間関係の折り合いをつける』ということをやってきていたのか、と気づいたのです。

それはいまだ続行中で、そして死ぬまで続くのです。

 

私は『自分を知る』ということ以外、この世界でやることなんてないと思っているのですが(今んとこね)、そこをすっとばして外側の人間関係をどーにかこーにかしようとするからうまくいかないんだと改めて実感したのです。

 

あなたはあなたを知っていますか?

あなたはどこからどこまででですか?

今この瞬間、あなたはあなたの身体の内部で何が行われているか知っていますか?

それはあなたがやっていることですか?

コップに入っているお水を飲むとしましょう。

そのお水はどこまでが水で、どこからが自分になりますか?

舌についた瞬間から『自分』ですか?

ゴクンと飲んだ時が『お水』から『自分』に変わりますか?

それとも身体に吸収された瞬間からその『お水』は『自分』に変わりますか?

 

『自分』とはいかに曖昧模糊としているものだろう。

それなのに確実に『いる』と思えるこの感覚はなんだろう。

 

私は私が大嫌いでした。

もう消し去りたい!と思ったことがどれくらいあっただろう。

こんな自分嫌だ!!となんど駄々をこねて地団駄を踏んだだろう。(ほんとに地団駄踏んだんだよ。何回も。今度見せてあげるね。←誰に?)

 

たださ、そんな地団太を踏んでいる自分をジッと見ている存在がいるってこと、昔っから知っていたんだよね。

でもさ、そのジッと見ているその存在に存在感を持たせることが嫌だったんだ。

だってまだまだ駄々をこねていたかったから。

「私なんていなくなればいいのに!!大嫌い!!」とまだまだ言っていたかったから。

「私なんてさぁ…」と言ってれば、人間ドラマにずっと浸っていられたから。

そういう自分を演じられたから。

そういう自分の方が苦難に立ち向かっているようで、存在価値があるような気がしたから。

 

とある日、私はこんな言葉を口にしていた。

 

「あぁ…もうこんな毎日は嫌だ…」

 

そのジッと見ている存在にずっと気付いてた私は、もうごまかしがきかなくなっていた。

地団太を踏む、「大嫌いだ!!」と叫ぶ、自分の身体を痛めつける、そんな私をジッと見ている。

そのジッと見ている存在の視点に存在感を持たせてみようと思ってしまった。

もうこんな毎日は嫌だったからね。

 

盛大に食べ吐きをしている私をジッと見る。

地団太を踏む私をジッと見る。

大泣きをする私をジッと見る。

「消えてなくなりたい!!」と叫ぶ私をジッと見る。

 

そんなことを毎日続けていました。

そうしたら、私は私に対してある思いが湧きました。

 

 

『け…健気やん!!!』

 

一生懸命生きてるやん!

なんか可愛らしいやん!

頑張ってるやん!

なんか…あんた…ええ奴やんっ!!

(↑なぜか関西弁。)

 

そんなことをフツフツ感じ始めたこの時から、私は私との関係性を再構築し始めました。

それは今も構築中で、ケンカもするし、悪口も言う。

ちょっとぉぉぉ!!いい加減してよぉぉぉ!!という言葉もよく吐きます。

私は私を全然よくわかっていないし、とてもめんどくさい奴だと辟易とすることもたくさんある。

でもね、長年一緒にいるもんだから可愛くて仕方がないのです。

「もーー!!しょーがねぇーなぁーー!」と言いながら、世話を焼いてしまうのです。

 

私は私にたくさん言葉をかける。

 

「で?どうしたい?」と。

「どうしよう…」ではなく「どうしたい?」と。

 

「今どう思ってる?」

「今心地よい?悪い?」

「今どんな感じ?」

「何食べたい?」

「好きってどんな感じ?」

「嫌いってどんな感じ?」

「今モヤモヤしてるこの感じはなに?」

「居心地いい?それとも悪い?」

「何を話したい?どんな言葉を口にしたい?」

 

私は私と話し合う。

私は私の話しをじっくり聞くし、言いたいことがあれば言う。

嘘偽りなく。

嘘をついてしまったら謝る。

私はどうやら正直ものらしく、嘘をついたら身体が拒否反応をおこして寝込むというストライキにでる。ほんとにめんどくさい奴だ。

 

じっくり丁寧に自分と付き合う。

 

私は長年かけて、そんなことに取り組んでいたんだと知ったのでした。

 

それがいいとか悪いとかはわからないし、これが正解か不正解かなんてわからない。

でも今のところ言えるのは、昔に比べ、格段に毎日が快適だっていうことです。

 

そしてそんなことをずっとやっていた私が最近よーーーく感じることは

 

自分はどこにもいなくて、そしてどこにでもいる

 

という感覚です。(あ、難しいよね?^^;)

 

自分ってなんだろう?を見ていったら、自分はどこにもいないに辿り着くってねぇ…。

そして同時にどこにでもいる。

えーと…まぁ…この辺の話しは今日のところはとりあえず置いておこうかな。

 

 

自分との関係は良好ですか?

仲良し?ケンカする?

自分ってどんなヤツ?

そもそも自分ってなに?

何を思っている?

どんな文句がある?

何を感じている?

話し、聞いてあげてる?

 

あなたのことはあなたしかわからないんだよ。

きっと聞いてもらいたい言葉があるはずだよ。

聞いてあげようね。

 

人間関係はまず自分から。

 

一番むずかしくて、一番めんどくさくて、一番近くにいる、そしてずっと付き合っていかなければならない愛しいこの存在から。

 

ねーーー!!!

 

 

読んでくださってありがとうございます。

ではまた。