藤山家においでよ

横浜のパワースポットと化した藤山家。施術、お料理、お話し会などを通じて『幸せに生きる』を実験、研究しています。

2月が始まりました。書きたいことを書いていこう。

みなさまこんにちは。

2月がついに始まってしまいましたね。

前回のブログにも書きましたが、(見事にあれからブログを一度も更新していない…)今月は真剣に執筆をしていくことにしました。

 

(まだ前回のブログを読んでいない方はこちらからどうぞ。☟☟)

yukiukix.hateblo.jp

 

以前はかなりの頻度で文章を綴っていたのですが、この一年間はありがたいことに施術三昧で文章を綴ることから遠のいておりました。というか書けなかったんですね。

 

私は文章を綴ることが好きです。

私が感じている“コレ”をなんとか眼に観えるカタチにする行為が好きみたいです。

「こんなこと書いて誰が読むんだ?」とか「こんなことみんな知ってることじゃん。」とか色々思うこともありますが、そう思って書いてみると誰かに喜ばれたりしてそれが嬉しかったり。

 

“書く“という行為はとても自由なものなのだろうけど、その分自分の制限を目の当たりにしていくなぁと感じます。

いつの間にか囚われている枠だったり、いつできたかわからないような決めごとに縛られていたりする自分に出会います。

それを壊すか壊さないか。

それも自由。

 

こんなこと書いてどう思われるかな。

こんなこと書いたら変だと思われるかな。

この文章の構成はプロから見たら稚拙なんだろうな。

つまんねーとか思われるの嫌だな。

みんなから「面白かった!」といわれるにはどうしたらいいのかな。(みんなって誰だよ。)

 

そんな思いにいつだって翻弄される。

あーやだやだ。

でもそれがあるから面白い。

 

ブログなんて書いても書かなくてもいい。

誰が待ってるわけでもないかもしれない。

誰も期待していない。

書いている私だけが気にしていて、他の誰もそんなこと気にしてない。(と思う。)

 

そんなことは重々承知の上で、それでも書きたい。

今、そんな感じです。

 

さて、これから私はまた文章を綴ることにどっぷりと浸かろうとしているのですが、やっぱり感覚が鈍っているなぁと実感します。

施術をあまりしなかった日々から施術三昧の日々に移行した時も腕と感覚のなまり具合に「うへ~」となったな。

今日からリハビリです。

試行錯誤の日々がまた始まりました。

 

文章のキレのなさもよしとしよう。

おさまりの悪さもちゃんと感じよう。

自分を罰しないで、自分に期待しすぎないで、でも期待も忘れずに。

f:id:yukiukix:20220201135245j:plain

 

 

そうそう。

昨日1月最後の施術をさせて頂いていた時に感じたことを綴っておこう。

 

昨日いらして頂いた方は施術を受けるのは3回目。

タイミングがとても良かったのか、ものすごいスピードで諸々が楽になって毎日が楽しくなっている素敵な女性Hさん。

そんな素敵なHさんがこんなことをおっしゃていました。

 

「ここまでやっても大丈夫なんだ!って発見がたくさんあって安心したというか、ホッとしたんですよ。」

 

笑いながら、毎日が楽しくなって自然に感謝が湧いてくるんだとおっしゃる。

私はその言葉を聞いて「あーなんて素敵なんだ。。」と感動していたのです。

 

何か行動を起こそうとするとき、人は恐怖を感じます。

今まで慣れ親しんできた思い込みを外そうとする時、怖さを感じてやめてしまったりします。

そんな時、誰かの「大丈夫だよ!」「あなたならできるよ!」の言葉があると安心します。

でも一番安心するのはきっと「失敗してもいいんだよ。」「間違っても大丈夫。」「失敗しても間違ってもあなたのことが大好きなのは全く変わらないよ。」という安心感なんじゃないのかなと思うのです。

まぁこれはあくまでも私の勝手な思い込みであり、仮説なのですが。

 

 

ところでさ、亮一さんのカレー、すごくないですか?

f:id:yukiukix:20220201130801j:plain

f:id:yukiukix:20220201130830j:plain

 

このすんばらしく美しいカレーたち、美しいだけじゃなくてめちゃくちゃ美味しいんです!!

ほんっとに美味しいの!!

食べた後すぐに「もう食べたい!」ってなるカレーなのです。

 

で、何がすごいかっていうと、亮一さんは6年くらい前までまったくといっていいほどお料理ができなかったってことなんです。

 

包丁を扱うのもぎこちない。

野菜の切り方もいちいち調べないとわからない。

お料理の段取りを組むこともよくわからない。

と、料理初心者中の初心者だったわけです。

それが今や『亮一さんカレーの会』を開いていらして下さったお客様にカレーをふるまうまでになり、開催リクエストまでされるようになったんです。

これってほんとにすごいことで、私は毎回感動するんです。

「あー。人ってこうやって出来るようになっていくんだなぁ。」という姿をこんなに近くでみることができる喜びったらないんですよ。

 

でね、カレーをここまで作れるようになって人にふるまうまでになるのには『安心感』っていうのが必要だったんじゃないかって思うんです。

亮一さんにこの辺のことをちゃんと聞いてないのであくまで私側の思いなんですけどね。

 

私は何度も何度も亮一さんに「これはいろんな人に食べてもらった方がいいって!」「みんな食べたいと思ってるって!」「やってみなよ!」「できるって!」「亮一さんのカレーはほんとにほんとに美味いから!!」「これはなかなか食べられないレベルだよ!!」と言い続けました。

怖がっている亮一さんに「いけるって!」「もし失敗してもいいじゃん!」「やっちゃえやっちゃえ!!」と何度も何度もたきつけました。笑

 

いわば援護射撃。

 

実際に決めて行動にうつしたのは亮一さんで、その勇気たるや素晴らしい。

でもきっと援護射撃の力もなかなかに効いたのではないか?と。(手前味噌がすぎる。)

 

 

そんなことを思っていた時、私は私の過去のことを思い出していました。

 

私の父親は私が小さいころからこんなことをよく口にしていた。

 

「たくさん失敗しろ。」

「はじめからできる人なんてどこにもいないぞ。」

 

そして私が何かで失敗したり間違えたりして落ち込んでいるとこんな言葉をかけてくれました。

 

「また1つ人の気持ちがわかるようになったな。よかったな。」

 

その後にはこんなことも。

 

「おまえならできるぞ。お父さんの子なんだからな。はっはっは!」

 

私の父は私が幼稚園くらいの時から大人になるまでこんな言葉を何度も何度も私に言いました。

初めて補助なし自転車に挑戦した時も、ローラースケートを教えてくれた時も、なかなか上手くならないクロールを教えてくれている時も。

そして大人になって仕事のことで悩んでいたり落ち込んでいる時も。

 

すっかり忘れていたし、いつもはまったく気にもしていないけれど、確実に私の中にこの言葉が根付いていたことに気付いたのです。

私はこの言葉をいつもどこかに持ち続けていたんだ。

 

言葉をかけ続けるってすごいことだ。

それは応援にもなるし時には呪いにもなる。

 

 

私は今でもずっと思っている。

何か哀しいことや腹立たしいことや切ないことが起こった時、すぐにこう思う。

 

「あぁ。これでまた1つ人の気持ちがわかるようになったんだな。」と。

 

そして迷っている人や行動を起こしたいのに失敗が怖くて勇気が出ない人がいるとすぐにこう言うんだ。(自分も含めてね。)

 

「ぜったい大丈夫だよ。失敗したって大丈夫。全部が経験だよ。怖いけどね、大丈夫。」と。

 

 

『安心感』を感じてもらえるような施術がしたい。

『安心感』を体験できるような対話がしたい。

『安心感』を感じられるような文章を綴りたい。

『なにがあっても大丈夫』が伝わる物語を書きたい。

 

そんなことを思っています。

 

 

今月はリハビリを急ピッチで進めながら、書きたいことを書いていこうと思います。

どう思われるかなぁとかこんなこと書いたら嫌がられるかなぁとか、そんなものもひっくるめて「大丈夫」の中でもがきたいと思います。

 

どうかよかったら温かい目で見守ってやってくださいませ。

 

ではまた。

 

 

明けましたぁ。昨年のことと今年のことを書いてみよう。

f:id:yukiukix:20220103183147j:plain

元旦。藤山家ベランダからの風景。気持ちよかったぁー。

 

みなさんこんにちは。

ずーーーっとブログが書けずにいた(というか文章が書けなくなっていた)ゆっきぃです。

いやぁ年が明けましたね。

明けちゃったね。

あけましておめでとうございます!!

 

おととしの年末に「私もっと施術の宣伝する!施術たくさんしたい!」と突然思いつき、思いつきのまま宣伝したら「待ってましたぁーー!」のお声を頂き感涙。

いつの間にかたくさんの方からご依頼を頂きまして、施術三昧の一年になりました。

ほんとにたくさん施術をさせて頂き、心からありがたくて「はぁーなんじゃこの幸運はっ!!」と何度も空を仰いだのです。

ほんとにほんとにみなさんありがとうございます。

何度お礼を言っても言い足りないくらいです。

もうどうやってこの感謝を伝えたらいいかわからないのでいっそ脱ぎますか。

脱いじゃいますか。

あ、いや、それは迷惑がかかりそうなのでやめておきますか。そうですね。

 

昨年1年間で感じたことは『差し出したものを受け取ってもらえるとこんなに嬉しいんだ』ということと、『欲しいと感じているものを察知して受け取りやすく差し出すことができるのがプロだし試行錯誤するべきところなんじゃないか?』ということと、『あなたのことを一緒に取り組むってこんなにも楽しく素敵なことなのか!』みたいなことです。

 

施術というのは知識、技術、テクニック、経験値、の重なり合いでできあがっています。

手技のテクニックと経験、知識、質問能力、察知する力、などなど。

これをどうやって繰り出していくか。

目の前のお相手の状態を読み取り、汲み取り、限られた時間の中でどこまでどう持っていくか。

目の前のお相手の真の望みはなんなのかを見極められるか。

そしてそれをどこまでどうやって伝えられるか。

 

むりやり力業でねじ伏せてもまったく意味がないし伝わらない。

聴く、感じる、尋ねる、圧す、引く、待つ。

そしてまた聴く、感じる。

 

これがまた奥深くてですね、私は毎回その沼の深さに「ふっけーーー!!」と驚愕するのです。

そして毎回人間の身体のすごさ、『人』という存在の神秘や面白さやお一人お一人の素晴らしさに「おわーーー!!やっべーーーー!!」と目を見開き降参するのです。

まぁそれとともに自分の未熟さや知識や技術の浅さに辟易とすることも多々ですが。。

(20年やってもまだこれなんだからねぇ。。)

 

人の身体はすごい。

人間ってなんかわかんないけどすごい。

 

いくらテクニックを増やしても知識だけ増やしても、結局なんもわからなくて、できることなんてないじゃん。人を変化させることなんて私にできるわけないじゃん。と感じます。

私にできそうなことは「あなたの身体ってすごいんだよ!!」「あなたってこんなに素敵なんだよ!」「こんなにすんばらしい身体があるんだから、なんかさーうんとさーうまく使っていけたらそれだけですごいことできちゃうんだよね!!」みたいなことをどうにかして伝えることだけだ。

 

たくさんテクニックも技術も学んだし、知識も増やしたし、それを駆使して様々なことを試みてきました。

あーでもないこーでもないと頭を悩まし、どんな症状でも対応できる、良くしていける施術者になりたい!!と切に願っていました。

これでどーだ!!これならどーだ!!それでダメならこっちでどーーだ!!!!と躍起になっている時期もありました。

もうさ、過去の私のやってきたことを思い出せば思い出すほど、押し付けがましくて暑苦しいヤツだったなぁ。。と恥ずかしくなるばかりです。(あーはずい。。)

 

身体や心に変化をもたらすことができるのはご本人だけ。

ご本人の意識だけ。

私に人の身体や心を変えることなんてできない。

どんな魔法のようなテクニックがあったとしても。

 

数年前、これに気付いてしまってからは一気にやる気がうせました。

だってみんな変えて欲しい!と願っているように見えたから。

ゆっきぃに瞬時に変えて欲しい!そのためにお金払ってるんじゃん!ほら!早く良くしてよ!ほらほら!早く痛いところとってよ!ほら!一回で身体楽にしてよ!え?できないの?はぁ??

 

そんな風に言われていると思っていたから。

(実際そんなことを思っている方にも言っている方にも出会いましたしね。)

 

f:id:yukiukix:20210112165619j:plain

この施術部屋気持ちいいんだよ。



私がやりたいのは『あなたと一緒に気付いていくこと』でした。

私が喜びを感じるのは『あなたと一緒に元に戻していくこと』でした。

私が施術を通してやりたいことは『一緒にあなたの身体と心と存在のすごさに感動すること』でした。

 

そのための知識であり、技術であり、経験だった。

そのための悔しさであり、歯がゆさであり、苦悩だった。

 

そんなことをひしひしと実感できた1年間。

今までやってきたことを吟味しながらも総動員してどんどん正直に出していったら「一緒に」体験して体感してくださる方達ばかりがいらしてくれました。(感動。泣く。)

 

一度は失せてしまったやる気問題。

なんというか、目の前の方のすばらしさを感じて、伝えて、ほらね!!すごいですよね!!と言いながら実感してもらうという喜びと楽しさを味わったことで『あんなにやる気満々とかじゃないほうがよかったんだなぁ』と肩の力がどんどん抜けていき、それの方がかえって結果が良いということを経験しました。

 

それもこれもみんな施術を受けて下さったみなさんのおかげです。

そして稚拙でわかりにくいものでも受け取ってくださった方たちのおかげです。

ほんとにありがたいです!!

 

私は施術が好きです。

人の身体と心に触れるのが好きです。

目の前の方がいろんなお話しを聞かせて下さることに嬉しさを覚え、感謝が湧きます。

まだまだ私にいろんなジャッジや観念があることで目の前の方の深い話しが中断されるようなことが起こるととにかく哀しいです。

独りよがりな承認欲求が強く働く瞬間を見極められず、押し付けがましい施術になってしまうことがあるとひどく落ち込みます。(この見極め、めちゃむずいです。はい。)

 

とにかく素直に、とにかく正直に、とにかく真摯に。

施術をしているとそんなことを切実に願う自分がいることを実感します。

 

あー

なんだか真面目な話になってしまいましたぁー

なんかごめん。(←なぜか謝る。)

 

まぁ何が言いたいかっていうと

私は施術が好きで人が好きでみなさんには感謝しか湧かん!!ってことです。

昨年は何千回もそんな瞬間を味わったのでした。

うぅ…泣ける…

 

 

f:id:yukiukix:20210112180809j:plain

緊張がとれるとこんなにゆったりするし、まっすぐ立てるようになるんだよねぇ。

 

 

さて、今年の話しです。

やっと今年の話し。

 

そんなこんなで昨年はほぼ毎日施術をさせて頂くという幸運に恵まれたわけですが、こうなってくると私は『書く』ということができなくなるということを知りました。

昨年の始めの方は、あー『書く』なんて施術の合間にチャチャっとやればいーじゃんねーーーよゆーよゆー(鼻ホジホジ)くらいに思っていた節があるのですが、この過信はなんなのでしょう。バカなのかな。バカなんだな。うん。

 

ブログを『書く』ことも、お話しを『書く』ことも、『私のコト』を再編集して新しいお話しを『書いて』『書籍化』していくことも、続編を『書く』ことも、私にとってはやりたくて仕方がないことです。

その中でも特に『私のコト。』の編集書籍化はどーしてもどーしてもどーしてもやらなければ気が済まないことのようです。

 

※『私のコト』とは私がソープ嬢だった時に体験を小説風に書いた自叙伝ブログです。まだ読んでない方はこちらからどうぞ。☟☟

yukiukixkix.hatenadiary.jp

 

でも施術をたくさんやり続けるとまるで書けない。

こんなにも!!と自分で驚くほど書けないんです。

なんというポンコツ。。

 

施術もやりたい。

でも『書く』も『編集』も『書籍化』もやりたい。

というかやらなければ先にすすめないし気持ち悪さが残ったままだ。

さて、、

どうしよう、、

 

今☝ココです。

 

どうしてもやりたい。

やらなきゃ気が済まない。

これをやらずして、見て見ぬふりしてごまかしたまま生きていくことなんてできない。

 

でも腰が重い。

だって大変だもん。

絶対苦悩するし、自分に才能がないことを見せつけられるし。

 

でもさ…

やらなかきゃ気持ち悪いんだよ…

もう限界なんだよ…

 

そんな感じなのです。

 

あーーーーーーーーーー

嫌だぁぁぁあーーーーーーー

 

神様ぁぁぁぁーーー!!

私に文章の神が降りてきてほしい!!!

文才が欲しい!!!

文才が欲しくて欲しくてたまらないっ!!!!

 

今それを吐きそうなほど願っています。

…凡人は辛いのぉ…

 

 

えーと、

自分の心の声をぶちまけまくったのでここらで発表します。

 

 

☆今年は絶対に『私のコト。』を書籍化します!!!

(去年できなかったからね。ごめんなさいね。)

(もう誰も待ってないかもしれないし「そんなん知らんわ」案件だと思いますが。)

 

 

☆今年は何かしらのテーマでメルマガ配信はじめます!!

(これも去年できなかったからね。ごめんなさいね。)

(あ、これも「しらんがな」案件だと思いますが。。)

 

 

☆今年も全力で施術をやっていきますが、日数を減らしていくつもりです。でもやりたいしみなさんとお会いしたいからやります!!

(毎月ブログやFacebookで施術予定日をあげていきますどうかどうか日程がみなさんと合いますように!!☜無茶言ってます。)

 

 

ふー…

言っちゃったよ…

あー怖い。

 

さて、今月と来月の予定です。

 

1月は5日からぼちぼちと施術開始いたします。

そして2月はほんの数日間だけ施術日を設け、あとは執筆に費やすつもりです。

(3月のことはまだ全然みえません。。どうなることやら。。)

なので、よかったら1月中にぜひ施術を受けにいらしてください!

私の完全なるワガママですがぁ!百も承知ですがぁ!もしよかったらぁーー!!

 

 

《1月の施術可能日と場所》

・1月5日(水) 10時~17時(藤山家

・1月7日(金) 10時~17時(藤山家

・1月15日(土) 16時~終了時間応相談(恵比寿レンタルサロン

・1月18日(火) 10時(もしくは11時)~お一人(ふたこぶ食堂さん2階

・1月19日(水) 12時(もしくは13時)~、17時~のお2人(ふたこぶ食堂さん2階

・1月21日(金) 14時~終了時間応相談(恵比寿レンタルサロン

・1月23日(日) 14時~終了時間応相談(恵比寿レンタルサロン

・1月25日(火) 10時~17時(藤山家

・1月27日(木) 10時~17時(藤山家

・1月28日(金) 10時~15時終了(藤山家

・1月29日(土) 12時(もしくは11時)~お一人(ふたこぶ食堂さん2階

 

※上記の日程以外にも施術可能なときもあるのでよかったら一言声かけてみて下さい!

施術開始時間と終了時間、なるべく合わせられるように調整いたします。

お気軽に聞いてみて下さい!

 

 

2月はふたこぶ食堂さん2階での出張施術と恵比寿レンタルサロンでの出張施術、あと他の場所での出張施術を数日間やらせて頂く予定なのですが(あくまでも私の中での予定です。)、藤山家での施術をやるかどーか…どうしようかなぁ…と迷っております。

 

 

決めるって怖いですね。

自分がやりたいと感じていることをやらせてあげるのって勇気がいりますね。

求められているかどうかもわからないことを独りよがりのような感覚で始めていくのってとても怖いです。

そして施術の日数を減らしていくのってほんとに怖いです。

この怖さは「必要とされなくなるんじゃないか」という怖さと「忘れられてしまうんじゃないか」の怖さです。

こういうのって自意識過剰でもあるなぁ。

もともとそんな大したことないヤツなのにこんなことを感じるってほんとに自意識過剰だなぁ。

恥ずかしいし怖いけど、これが今の私の望みのようなのでなんとか叶えるために試行錯誤、右往左往してみます。楽しみながら。

 

 

こーーーーーんなに長々と書いたブログを最後まで読んで頂きありがとうございます!!!

好き!!

最後まで読んでくださったあなた大好きっ!!!

 

今年もたくさん楽しめそうです。

これを読んでくださっているあなたともどこかで一緒に笑えて楽しめたら嬉しいなぁ

 


 

素敵な一年になりますように。

あ、ていうか絶対そうなりますからね!!

みなさんどう転んでも良くなるしかないですからね!!

 

ではまた。

今年もどうかどうかよろしくお願いいたします。

 

 

脳みそをかきまわしてみよう。~その問題、ほんとに問題ですか?~

f:id:yukiukix:20211007151500j:plain

友人の天才堀悦子画伯が描いた私と悦子さんとお友達と猫の夏さん。みんな私の腕枕でころんとしていけばいいじゃん!の図。天才だな。

 

みなさんこんにちは。

毎日「私はいったい何をやっているのだろう?」と首を傾げながらも穏やかな幸福感を感じているゆっきぃです。

もう10月にはいって一週間も経っているんですねぇ。

早いよなぁ。

 

8月の終わりから9月の始まりまで続いていた謎の不安感、恐怖感。

大きな変化がありそうだという予感があったあの感じ。

今のところ現実的に外からみて何かが大きく変化したようには観えないのですが、私の内部では“何か”が変わったようです。

うまくいえませんがまぁなんというか“落ち着いた”ようです。

でもあれですね。

あの“不安感”“恐怖感”って嫌なものですねぇ。

まったく居心地がよくない。

ですが皮肉なもので、この世に不変のものがないということをまざまざと見せつけられます。

あのものすごく居心地が悪かった“不安感”も“恐怖感”も今はどこにもないんです。

「あれ?そういえばなんだっけ?」とほけーっとした顔で言っちゃえるくらい、どこにもあの感覚はないんですよね。

あの時はあんなにリアルに感じていたはずなのに、もうあの感覚は今はどこにもない。

 

不思議だなぁ。

 

そこに気付いて観ていくと、“何もない時間”“時間すらない瞬間の連続”がただ在るだけなことがわかるんですよね。

変なのー。

それなのにまた私は悩むんです。

それなのにまた“私”というコレは不安に感じたりする瞬間を体験するんです。

変だねー。

 

そんなこんなを感じながら今この文章をカタカタと書いているのですが、えーと、その、えっと、、

 

秋ですねぇーー。

 

あ、そうそう。

今私は「秋ですね」と書きましたが、『秋』って見たことありますか?

さて、どこからどこまでが秋で、どこからどこまでが夏だったのでしょうね。

秋ってどういうことなのでしょうか。

 

私は今窓の前に置いていある机の上にパソコンを置いてカタカタと文章を打っているのですが、窓の外には庭の風景が見えます。

同じ庭のはずなのに、真夏の時にみた庭とはなんだか様相が異なります。

生えている雑草の種類、日差しの感じ、咲いている花の種類、鳴いている虫の声。

いろんなものが真夏のそれとは違います。

同じ庭のだったはずなのに。

そしてそれを見て、私は「秋だなぁ」と言うわけです。

 

『秋』って季節の名前ですが、それは状態のことですよね。

ちゃんというならば「秋だなぁ」ではなく「外は秋状態だなぁ」となるわけです。

 

伝わるかな?

 

この『秋状態』も刻一刻と変化していて、いつの間にか『秋状態』からだんだんと『冬状態』に変化していくのは経験上みなさんご存知だと思うのですがどうでしょう?

 

さてさて。

ありがたいことにいろんな方から施術のご依頼を頂いておりまして、さまざまなお悩みのご相談を受けることも多々。

ほんとに心からありがたいと思っています。

たまに感謝が溢れすぎて「ぬおーーーー!!」と叫びながら涙を流すくらいありがたく感じております。

 

いただくお悩みのご相談の大半は人間関係のご相談です。

人間の悩みの大半は人間関係ですね。

お金の問題だと思っていてもたいがいは人間関係の問題だったりします。

 

親子の問題も人間関係。

夫婦の問題も人間関係。

自分ことも自分との人間関係。

 

さーてさてさて。

『人間』ってなんでしょうね?

『私』ってなんでしょう?

 

どこからどこまでが“その人”でどこからどこまでが“私”なのでしょうか?

身体が私。だとしたら、私から出てきたアイディアや思考は“私”から離れているのでしょうか?

“私(身体)”から放たれた“言葉”はもう私ではないのでしょうか?

 

お水を飲むという行為について考えてみよう。

お水が入っているコップを持つ私。

この時、私とコップの中のお水は別れている状態ですね。

さて、お水を口につけます。

この時、いつからお水は“私”になるのでしょうか?

口につけた瞬間お水は私になるのか。

ゴクリと喉を通った瞬間からお水は私になるのでしょうか?

いやいや、身体に吸収された時点でお水は私になるのか。

 

ゴハンと私はどうかな?

口に入れた瞬間から私?

もぐもぐと咀嚼が始まったら私?

消化吸収されたら私?

 

ご相談を受けているとこんな言葉をよく耳にします。

 

「私って忘れっぽいし仕事が人よりできないんです。」

「私怒りっぽくてすぐに怒っちゃうんですよ。」

「私許せないことがたくさんあって辛いんです。」

「私せっかちでのんびりできないんです。」

「私すぐに不安になってしまうんです。」

「どうせ私なんか…」

 

わかる。

わかるよーー。

あるよね。

そういうことあるある。

 

 

でも思うんです。

「それほんとう?」って。

 

さっきも書いたように世の中に不変のものはありません。

不安状態も過ぎ去っていきます。

ずーーーーーーっと不安が続いている人なんてどこにもいないんです。

ずーーーーーっと許せない想いを抱えている人なんてどこにもいないんです。

いつだってせっかちな人なんてどこにもいないんです。

だっておしっこしている時には不安を忘れてたりしません?

寝ている時にせっかちな人っていないよね?

持続している何かなんてどこにもないんです。

 

「どうせ私なんか…」の『私』ってどこにいるんでしょうか?

「どうせ」って一体なんでしょう?

 

人にはあらゆる側面があります。

たとえば、ゆっきぃ(私ですね)を見て「ゆっきぃって優しい人だよね。」という人もいれば「ゆっきぃっておせっかいだよね」という人もいます。

「ゆっきぃっててきぱきしている人だよね」という人もいれば「ゆっきぃってのんびりマイペースだよね」という人もいます。

 

さて。

私(ゆっきぃ)っていったいどんな人なのでしょうか。

“あなた”ってどんな人なのでしょうか。

それは誰が決めるのでしょうか?

そしてそれは誰と比較して成り立つものなのでしょうか?

 

人は『思い込み』で出来上がっているといっても過言ではないなぁと思うのです。

私は私のことをよくこう思います。

「あーあ、私ってまったくモノゴトが続かない怠け者だなぁ。」と。

でも次の瞬間すぐにこう思います。

「ん?それほんとう?」

それは誰と比較してそう思っているのだろう?

しかもしかも『モノゴトが続かない』ことは悪いことなのだろうか?

全て自分の頭の中でこしらえた思い込みでしかないし、どこまでいっても思考は『今のままではダメだ』と訴えかけてくるな、と気付くのです。

 

“私”は『優しい状態』の時もあれば『不安状態』の時もあり、『せっかち状態』の時もやってきて『のんびり状態』の瞬間もある。

『哀しい状態』の時もあって『嬉しい状態』の時が過ぎるのが嫌で『喜び状態』の時が持続すればいいのに状態があったりするコレです。

 

いつだって“状態”しかないんだよね。

 

そしていつだって悩みは自分の思考の中にしか、ない。

そしてそれはコントロールがきかないんだよね。

 

「もう後悔しないようにします!」「もうこれは手放します!」と言う人もたくさんいるんだけど、そんなことがコントロールできたら悩みなんかそもそもないよね。

さっさと手離せばいいし、後悔なんてとっととやめちゃえばいいんだよね。

でもそんなことできないでしょ?

 

思考は湧くもの。

感情は反応。

 

誰も湧くものをコントロールできたことなんてないんだよね。

それをコントロールしようとして人は苦しみます。

これはもうやめよう!と排除しようとして辛くなる。

 

よーく観よう。

「それほんとう?」と聞き続けよう。

自分の思い込みに気付こう。

 

自分なんてどこにもいなくて誰にも決め付けられないものだと知ろう。

“○○状態”が現れては去っていくだけなのだとよく観て気付いていこう。

 

根底にそんな気付きがあると妙なコダワリなんていらなくなるよ。

そして身軽になっていき、深刻さが消えていきます。

 

真剣だけど深刻じゃない。

なにも問題がない。

 

そんな状態でいられる時間が増えてくるよ。

まぁ相変わらず“不安状態”がやってきたり“哀しい状態”が訪れたりするんだけどね。

そしたら“ジタバタ状態”になって“焦り状態”を体験するだけだね。

あー忙しい。笑

 

身体の緊張状態を緩めると“よーく観る”がわかりやすかったりするよ。

問題を問題として扱っているのは身体が緊張していてしんどいからっていう理由だったりもするからね。

よかったら一回施術受けてみて下さいね。

(☝急に宣伝。笑)

 

 

《整う整体施術ご案内》

《メニューと料金》

・整う整体施術(施術時間90分~120分くらい)→9000円

・オイルトリートメント(施術時間60分。整体施術とセットでのみお受け頂けます。)

7000円

リフレクソロジー(施術時間30分。整体施術とセットでのみお受け頂けます。)→3000円

 

 

本来あるべき姿に戻していく。

本来の身体のポテンシャルを引き出す。

立つこと自体が楽になる。

関節の可動域が広がる。

視界がとにかく明るくなる。

身体が軽くなる。

ストンと立てる。

楽に動ける。

 

そんなことを実感していただける施術だと思います。

もちろん不調を感じている個所や痛みが出ている個所がありましたら遠慮なくおっしゃってください。

あらゆる方法で施術を試みます。

 

 

お気軽にご質問・お問い合わせしてください。

↓こちらからどうぞ。

お問い合せ・お申込み:メールフォーム 

 

10月のご予約可能日、あとわずかです。

・10月11日→藤山家にて13時以降ご予約可能。

・10月12日→恵比寿のレンタルサロンにて16時以降ご予約可能。

・10月13日→ふたこぶ食堂さん2階にて施術。10時~もしくは11時~のお1人様ご予約可能。

・10月22日→藤山家にて10時半~お一人様ご予約可能。

・10月28日→藤山家にて10時半~、14時~のお2人ご予約可能。

 

※別日にも施術可能な時があります。

上記にない日時でも一度お気軽にご相談してみてくださいね。(*^^*)

 

 

藤山家ではご神木が埋まっている不思議なお部屋で施術します。

一緒にゆるみましょ。

f:id:yukiukix:20210111173608j:plain

猫がふすまをボロボロにしてしまっているのはご勘弁ください…

この真ん中の四角い部分にご神木が埋まっています。

 

f:id:yukiukix:20210111173632j:plain

こちら。

 

もんのすごく気持ちよいお部屋です。

 

ぜひ体験してもらいたいなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それぞれのカタチ。それぞれの色合い。~私の施術のお話し。~

f:id:yukiukix:20210912162419j:plain

いつぞやの私たち家族。それぞれのカタチがあるね。

 

みなさんこんにちは。

前回の「怖いよー怖いよー」の日々から少し抜け出した?というか吹っ切れたような気がするゆっきぃです。

いやー

怖かったなー

今もその感じがやってくる瞬間もあるっちゃああるんですよ。

不安や恐怖や心配がなくなることはないですからね。

 

それに巻き込まれるか巻き込まれないか、それだけ。

気付けるか気付けないか、それだけ。

 

なんだけどさー

渦中の時はいやだよねぇ。

 

今回の“ソレ”は結構デカめだったので揺れたねぇ。

亮一さんに聞いてもらったり、泣いたり、地団駄踏んでみたり、怒ってみたり(一人でね)、信頼する優しい方に聞いてもらったり(施術を受けに来ている方に聞いてもらったりしてた。。優しい人ばかりだ。。)。

そんなこんなやってたら、なんだか肚が決まったというか、決まっちゃってたというか、なんだかよくわからないけど「あーそうかぁ」みたいな感じで割と落ち着いてきました。

まぁどうせまた揺れる時がくるんだろうけどね。

いつだってそれを“観る”視点を思い出せればいいかなぁと。

(思い出せない時は思い出せない。起こることが起こるだけだね。)

 

さて。

今日はお一人施術をしたのだけれど、その時に「あ。これは今書いておこう。」と感じたのでパソコンの前に座っております。

 

これを感じ始めたのは何年くらい前かなぁ。

今私は施術者になって19年くらいなんだけれど、多分13年くらい前かなぁ。

こんなことを感じて、こんなイメージが湧いたのは。

 

当たり前の話しなのですが、私の施術を受けにいらしてくださる方はお身体の不調を抱えていらっしゃる方達です。

どこかが痛かったり、どこかが変だったり、どこかの動きが悪かったり。

もしくは心がモヤモヤしていたり怒りや悲しみを酷く強く感じていたり。

(あとは特に不調はないんだけどちょっと諸々を整えてほしいと感じてる方とかです。)

 

で、私はその変だったり痛かったりモヤモヤだったりをなんとかしようと試みるわけです。

これはとっても奥が深くて難しいものなのですが、私はいつの間にか“人”“人間”という存在の魅力にとりつかれてしまい、未だに魅了されているからこそこのお仕事をやり続けていたりします。

 

目の前にいるその人の不調、痛み、モヤモヤ。

それがなんなのか、何が原因でそうであるのか。

じゃあどこをどうしたら楽になるのか。

痛みが軽減、もしくは消滅するのか。

そんなことをずーーーっとずーーっと考え続け、研究実験し続け、考察してきたわけです。(まぁそうはいってもまだまだ未熟だしわかっちゃいないことだらけなのですが…)

 

そしたらさ、ある時こんなビジョンが浮かんで「あ!!」ってなったわけ。

 

それは『みんなそれぞれのカタチや色合いがあって、そのカタチ通りに生きていればすべてうまくいく』っていうインスピレーション。

なのに『違うカタチになろうとしたり自分のカタチじゃ嫌だ!と拒否して他の誰かのカタチになろうとしたりすると不協和音を奏でて不調をきたす』ってこと。

 

この『カタチ』っていうのは例えなんだけれど、いわば『個性』『特性』ってやつだよね。

ほんとに人それぞれで、観させていただくとみんなそれぞれすんごく美しくて魅力的で個性あふるる存在なのです。

その『本来のカタチ』をいろんな理由で、いろんな出来事で、違うカタチに変えようとしてきた、変えられてきた結果、痛みや不調やモヤモヤとして現れる…と。

 

それは実際の身体の歪みにも繋がっていて、背骨や筋肉の歪みやコリなんかにも繋がっています。

 

身体のカタチを整える=その人の本来のカタチに戻す

 

ってことなんだなぁと理解して、今の私の施術になっています。

 

 

〇の人は〇のまま生きていればスムーズなのに、それを赦さない“何か”によって◇にしようとした。

♡の人は♡のカタチのまま生きていればいいのに、それを赦せない“何か”によって☆のカタチにむりやり押し込めようとした。

その結果限界を迎えて痛みが発症したり、不調をきたしたり。

 

その“何か”の思い込みのパワーたるや強固でね。

一気にその人本来のカタチに戻していければこんなに簡単でいいことはないのに、ものすごく抵抗したりするんです。

 

『みんなと同じでいなさい』

 

そんな教育を何年も何十年もされてきた私たち。

本来のカタチで生きるということにものすごく恐怖を感じて当然です。

だって、ほんとにみんなそれぞれ違うんですよ。

そりゃあ似ている部分がある人もいますよ。

でも違うんです。

みんな一人一人見事に違うんですよ。

 

それなのに

『みんな同じでいなさい』『人と違うことするなんて恥ずかしい』『人目を気にしなさい』『周りになんていわれるか』

そんなことばかり言われてきたわけです。

 

〇の人に「みんなと同じ◇でいなさい!!」と言って、ぎゅうぎゅうに◇の型に入れようとしたわけです。

 

そりゃ痛みもでるだろうし、不調も出ますよね。

 

私が施術でやっていることは、◇の型にぎゅうぎゅうに押し込んでいた〇の人に「あなた実は〇ですよね?なんで◇の型にぎゅうぎゅうになって入ってるんですか?出ません?」と声をかけてきっかけを作ることです。

ほら!〇のカタチだったの思い出しました?!と一度手技で◇から〇に戻してみることです。

 

☟ここから怪しい話しです。笑

エネルギーにも歪みや滞りが出ます。

私は身体のカタチを実際にしっかり触って変えていくのですが、同時にエネルギーの歪みも整えていきます

滞っていた流れをスムーズにしていき、ボコボコと不自然になっていたエネルギーを滑らかにしていきます。

 

施術が終わった後のお客様のお顔の美しさったらないんですよ!

身体からは光が放たれて、ぴかぴかするんです。

 

身体が楽になり、緩み、必要な所には自然に力が入るようになる。

動きがスムーズになり、呼吸が深くなる。

しっかり立っているのにゆったりしている感覚がある。

 

施術後はそんな感じがあるようです。

 

あぁ…

それなのにそれなのに…

 

人には“記憶”があるんですね。

記憶が前の状態に戻りたがるんです。

ゆったりしている方がいいはずなのに、その“こうで在りなさい!”“みんなと同じでなければ幸せになれませんよ!”の強い教育と思い込みのお陰で(?)施術前の状態に戻ろうとするんですね。

その戻ろうとするときに痛みが発生することもしばしば。

 

私はいつもここで頭を抱えていました。

 

その人の本来のカタチや色合いが観えているのに、伝わってきているのに、どうにも伝えきれないこの感じ。

その人本来のカタチと色合いがありありと観えているのに、そのカタチに一気に戻せないもどかしさ。

それを手技や言葉かけで無理矢理にでも引き出そうとすると痛みが発生したり、抵抗が生じたりする事実。

 

13年ほど前はここにものすごく苦悩していました。

当時はなんとも未熟で稚拙で勉強不足な私を自分で罵っていました。

 

目の前にいる痛みを抱えているこの人をすぐにどうにもできない辛さや、あなたは〇なんですよ!!◇じゃないんですよ!こんなに美しいんですよ!という姿が観えているのに伝わらない、何も変えることができない歯がゆさを「ぐぬぬ…」と身悶えながらヒントを探して本を読み漁っていたりしました。

 

その人本来のカタチや色合いに戻していけば不調は改善される!とわかっているのにそれが一回でどうにかなることでもなく、私が無理矢理やることじゃない、と気付くまでが長かったんですね。

 

人には培ってきた歴史がある。

それが記憶だ。

人は誰だっていつだって“良い方”しか選ばない。

人の人生はその時々に『こっちの方が良い』と判断してきた結果が積み重なって“今現在”がある、という記憶の上に成り立っている。

それだけ必死に生きてきた証なんだよね。今現在の状態って。

私はそこをすっとばして「だって楽になりたいんでしょ?!」と傲慢に考えていたわけです。

あぁ…優しくない…ごめんなさい。。

 

 

施術をしていると思います。

施術を真剣にやっていると感じます。

 

まるで着込みすぎてしまった洋服を一枚一枚脱いでいくようだ、と。

 

その一番上に来ているその上着、もう暑いんじゃないですか?

その下に来ているジャケット、もう身体に合わなくないですか?

その下に来ているそのトレーナー、ちょっともう趣味じゃないんじゃないですか?

その下に来ているセーター、ちょっとモコモコしすぎてませんか?

 

そんな声掛けをして、「あ!ほんとだ!ちょっと脱いでみます。」と脱いでもらうようだ、と。

 

ずっと不必要な洋服を着込んでいたから脱ぐとスッキリするよね。

でもずっと着込んでいたことに慣れているから、脱いでから少しするとスースーして不安になるんだよね。

だからもう一回着ちゃうときがある。

そんな感じ。

 

もう一回着込んだら「あれ?暑くないですか?」「もう一回着てみてどうですか?」と声をかければいい。ただそれだけ。

 

それなのに、13年くらい前の私は「なんで?!!なんで着ちゃうの?!」「あれほど言ったじゃん!!」「着ない方が楽だって一回わかったじゃん!!」と憤ってたんですね。(はずい…)

 

防御のために着込みすぎてしまったお洋服にまず気付く。

それから、これ脱ぐとこんな感じですよ?どうですか?と体感してもらう。

そして自ら脱いでもらう。

もし脱ぐのが怖かったら一緒にお手伝いをする。

どうしても怖かったら「どうしよっか。どうしたら怖くなくなるかな。」を考える。

それを得て、少しずつその人本来のカタチや色合いを思い出していく。

 

そんな感じの施術をやっているつもりです。

 

丸裸って怖いもんです。

丸裸が怖いなんてことに気付かないくらいに怖い。

いつの間にか洋服を着こんでいたことに気付かないくらい怖いものです。

 

自分本来のカタチと色合いを自覚するのも怖いものです。

だって自分が思ってたのと違ったりするからね。

 

でも身体や心は訴えます。

 

違うんだよ。

これじゃねーんだよ。

もう限界だよ。

このままじゃ嫌だよ。

窮屈だよー。

こんな違うカタチの枠にぎゅぎゅうに詰まってるの嫌だよー

 

痛みや不調やモヤモヤはこの声の現れなんだよなぁと思うのです。

 

丸裸の状態って怖いんだな、と気付くことも大事。

自分が何を怖がってるかに気付くのもとっても大事。

 

着込んでいた洋服を脱ぐ。

脱いだものをまた自らの意思で用途に合わせて着る。

それを気付きながらできるようになるのが、自由。

自分のカタチや色合いを知っていきながら、用途に合わせて洋服を選ぶことが自分の人生に責任を持ち、自由に楽しく生きていくコツなんじゃないかなぁと思うのです。

 

軽やかにしなやかに、でも芯はしっかりと在る。

私は私以外の何者にもなれないんだと肚をくくる。

その上で楽しく何かを選んでいける。

 

その人本来のカタチや色合いで堂々と立ってる。

そんな人が増えたら周りの人たちもどんどん安心して巡り巡っていくんだよなぁ。

堂々と裸でそのカタチのまんまで立っていてくれれば、パズルのようにカチカチとさまざまの人や物や出来事がハマっていくはずなんだよなぁ。

 

そんなことを真剣に本気で思いながら施術しています。

 

まぁそんなことを思っている自分が一番“丸裸”を怖がっているんですけどね。笑

そんなもんですな。とほー。

 

とはいえ、そう真剣に思っているのは事実なのでどんどん怖いこともやっていこうと思うし、自分を使った人体実験もやっていきます。

そうじゃなきゃ説得力ないもんね。

 

てことでここから自分的にはめちゃくちゃ怖いこと書いていきます!☟☟☟

私は施術者ですが、施術ってなにも揉んだり押したり引っ張ったりとかの手技だけではないですから、いろんなことやっていきます。

(ここの技術がちゃんと伴っていなければなんの説得力もないのは事実ですが。)

食のことも自然療法的なことも、怪しい話しにははなりますが必要とあらばタロットもやります。(タロット使うことよくあります。)

必要ならば霊視的なリーディングをやることもあります。(霊視って言葉があまりしっくりこないのですが。)

カウンセリングにめちゃくちゃ時間使うこともあります。

ただ、これってメニュー化する感じでは(今は)ないので気になった方は気軽にお声をかけてくださいね。

料金などちゃんと決めているわけではないので応相談です。(*^^*)

(良心的ですよぉ。)

 

 

今はわかりやすく整体とオイルトリートメントとリフレクソロジーをメニュー化しているので、そちらを気軽にぜひ受けてみて下さいね!

自分の身体の感覚に意識を向けるのってとってもとっても大事なことですから!!

まずはお身体を緩めて楽な状態を知っていきましょうよー!

“自分自身で在る”ことを認めていくと、そりゃあもう観える世界が変わっていくものです。

よかったら体感してみませんか?

 

《整う整体施術ご案内》

《メニューと料金》

・整う整体施術(施術時間90分~120分くらい)→9000円

・オイルトリートメント(施術時間60分。整体施術とセットでのみお受け頂けます。)

7000円

リフレクソロジー(施術時間30分。整体施術とセットでのみお受け頂けます。)→3000円

 

 

本来あるべき姿に戻していく。

本来の身体のポテンシャルを引き出す。

立つこと自体が楽になる。

関節の可動域が広がる。

視界がとにかく明るくなる。

身体が軽くなる。

ストンと立てる。

楽に動ける。

 

そんなことを実感していただける施術だと思います。

もちろん不調を感じている個所や痛みが出ている個所がありましたら遠慮なくおっしゃってください。

あらゆる方法で施術を試みます。

 

 

お気軽にご質問・お問い合わせしてください。

↓こちらからどうぞ。

お問い合せ・お申込み:メールフォーム 

 

 

藤山家ではご神木が埋まっている不思議なお部屋で施術します。

一緒にゆるみましょ。

f:id:yukiukix:20210111173608j:plain

猫がふすまをボロボロにしてしまっているのはご勘弁ください…

この真ん中の四角い部分にご神木が埋まっています。

 

f:id:yukiukix:20210111173632j:plain

こちら。

 

もんのすごく気持ちよいお部屋です。

 

ぜひ体験してもらいたいなぁ。

 

どうやら9月がやってきたようですね。~変化の時って辛いよね。~

 

f:id:yukiukix:20210902190343j:plain

西伊豆のすんばらしい海。お魚たくさんいたよ。

 

 

みなさんこんにちは。

ゆっきぃです。

いやぁー

世の中は9月のようですねぇ。

9月だなー。

 

今私は落ち着かない状態で日々生きております。

いやね、施術の時やお客様とお話ししている時は落ち着いてるんですよ。

そりゃもう目の前のことに集中してますし、“私個人”みたいな感じがその時にはあまりなくなりますから。

ですが一旦施術から離れたり、“私個人”の状態になると急に落ち着かない状態になるのです。

 

というのもですね、8月の中頃から「あれ?」と気付いていたことがありまして。

いや、気のせい気のせい!とその「あれ?」をどこかに追いやろうとしていたんですよ。

だって気付いちゃうの怖いから。

 

でもその「あれ?」は日増しに強くなっていくのです。

「いや、これはあれだな…」「いやいやいや」「あぁ…でもそうなのかぁ…」「いやそんなことないって!気にせいだって!」「…もうこれは…観念するしかないのか…」

 

そんなことを繰り広げておりました。

 

それはなんというか言葉にすると陳腐なのですが。

そして気のせいだと私も未だに思いたいのですが。

 

どうやら私の人生の“流れ”が変わってきたようで。

 

いや、気持ち悪いよね!

こんな話し気持ち悪いよね!!

私は気持ち悪い…

 

でもね。。

あぁ。。

認めたくない。。

 

のだけれど、どうやらそうらしいのですよ。

 

変化がめちゃくちゃ大きいようなのですよ。。

 

未だ私にはそれがどんな感じなのか観えなくて、よくわかっていないのですが、どうやら大きく流れが変わっているのは事実なようで。(まだ認めたくない。)

 

こういう変化って今まで何度もあったのだけれど、ここまで大きそうなのは初めてなんです。

だからめちゃくちゃ怖いんです。

すぐに不安や恐怖に陥るんです。

 

今朝も亮一さんに「怖いよーー!怖いんだよーー!!」と何度も言って、涙を流しました。(;'∀')

ざわついている私に巻き込まれている亮一さんが不憫でなりません。(/_;)

亮一さんは「辛いね…でも大丈夫だよー!(*'▽')」と何度も言ってくれて、ヒーリングもしてくれます。ありがたすぎる…(´;ω;`)

 

この“流れが変わる”“変化していく”って何が哀しくて何が怖いかっていうと、関係性が変わっていく人たちがでてくるってところなんですよ。

離れていく人がでてくるってことなんですよ。

 

 

いつだってそんなことを繰り返してきたんです。

知り合って仲良くなってそして離れる。

で、その離れた人がまた違うタイミングでまた仲良くなったりしてきたんです。

それはいつだって繰り広げられてきたんです。

でもね。

なんだか今回の変化はとてもデカそうで、どんどん離れていく人が出てきそうでめちゃくちゃ怖いんです。

実際離れていっているのは“相手”ではなく、“私”の方なのかもしれないのですが。

でも“私個人”から観えている世界では『相手が私から離れていってしまう』景色なんです。

 

うー…

つらい…

 

人間関係ががらりと変わる時ってありますよね。

私は何度も何度もその経験をしてきました。

もちろんずっと変わらずお付き合いが続いている方もいます。

(ありがたすぎる)

 

そのがらりと変わる時ってめちゃくちゃ哀しかったり辛かったりしたもんだから、その恐怖におびえています。

 

9月からガラッと変わっていくな…

 

そんな予感がありました。

で!

昨日から9月なんですよ!!!

怖い!!!

これから何が起こるの?!

どうなっちゃうの?!!

いやーーー!!!

怖いよぉーーーー!!!

 

人って変化が怖いんだな…

そんなことを再度、いや再再度、いやいや再再再度…(何度だよ)

実感しております。。

 

“身を任せる”“委ねる”“流れに逆らわない”ことが一番楽で、スーッと進むって知ってるのにこの難しさに悶えている46歳なう。

(あ!私46歳になったんです!!毎年お誕生日にブログあげてるのに今年は書けなかったなー)

 

あれ?

書いてたら落ち着いてきた。笑

 

さてさて。

これから私がどうなっていくのか。

どんな方向に流れていくのか。

どこにも流れていかないのか。

私のこの『流れが変わったな』という感覚が合ってるのかはたまたただの勘違いなのか。

 

どうかみなさん温かい目で優しく観ていてください。(温かい目で優しい目だとありがたいですが、「おもしれー」くらいの目でもかまいません。)

 

あーーん!

方向が定まってないのって怖いね!!

ていうか、いつだって方向が定まっていたことなんてなかったのにね!!

今回はすっげー怖いぞーー!!

 

あ!

施術をお受けになる方は安心してくださいね。

施術の時はめちゃくちゃ落ち着いてますし、むしろ前より研ぎ澄まされてますから。

あと気を使わないでくださいねー(*^-^*)

(施術を受けに来てくださる方たちは優しい方ばかりなので…)

施術中やみなさんとお会いするときはすっごく楽しくやってますからねー(*^-^*)

 

ここまで言っちゃってなぁーんも流れが変わらなかったらウケるし恥ずかしいな…

まぁいっか。

そしたら一緒に笑ってやってください。

 

とにかく今私は『怖い』『変化が怖い』『なにか大きな流れがやってきていて委ねるのを拒んでいる』を体験しています。

 

あーーーー

こえーーーーなぁーーーー

 

まぁそうはいってもやることは日々目の前のことを丁寧にこなしていくだけ。

怖い怖いと言いながらも、目の前で繰り広げられていく出来事を眺める視点を忘れずに。

時に恐怖に巻き込まれそうになるけれどさまざまな角度からの視点を思い出して。

身体を温めてゆったりさせることを忘れずに。(忘れる時は忘れる。それすら“起こる出来事”。)

 

と、まぁ私はこんな感じの9月がスタートしました。

 

お会いできるみなさま、施術を受けにきてくださるみなさま、めちゃくちゃ楽しみにしています!!

 

ここからは宣伝です。☟☟☟

必要ない方はスルーしてくださいね(^-^)

 

 

《近々の藤山家での施術可能枠のご案内》

 

  10日(金) 15時以降(施術スタート時間はご相談ください。)

  11日(土)14時以降(同上)

  16日(木)15時以降(同上)

  20日(月祝)終日可

  23日(木祝)終日可

  24日(金祝)終日可

f:id:yukiukix:20210409183649j:plain

藤山家の床下にはご神木が埋まっています。

遠赤外線ばっりばりのほんわかあったかい静謐なお部屋でゆるんでいただけますよー。

 

《9月の高尾にある素敵なカフェふたこぶ食堂さん2階での出張施術空き枠のご案内》

 

9月6日 11時~、16時~ の2枠

9月14日 17時~ 1枠

9月15日 13時~ 1枠

 

素敵なカフェ『ふたこぶ食堂』さんのご案内はこちらです☟☟

cafefutakobu.com

 

Facebookページはこちらですよ(^-^)☟☟☟

 

https://www.facebook.com/cafefutakobu/

 

f:id:yukiukix:20210902190731j:plain

ふたこぶ食堂さん2階の施術スペース。素敵。

 

※尚、私が出張施術する日にふたこぶ食堂さんが営業するかどうかは店主の樹音さん次第です!開いてたらめちゃくちゃラッキー♪

ほんとに素敵で、めっちゃ美味しいゴハンとスイーツがあるお店です!

 

《恵比寿のレンタルサロンでの出張施術の空き枠ご案内》

 

今月から恵比寿のレンタルサロンで出張もやっていこうかと思っています!

こちらのサロンでは『よもぎ蒸し』もできちゃうよ(^-^)

私の施術とセットで受けられるのでよかったら気軽にご相談くださいね!

 

恵比寿駅から徒歩10分!

場所や詳細などお尋ねください。

 

9月7日 13時~、15時~、17時~ の3枠

9月17日 15時~ の1枠

f:id:yukiukix:20210902190514j:plain

f:id:yukiukix:20210902190549j:plain

f:id:yukiukix:20210902190901j:plain

恵比寿のレンタルサロンも素敵な場所です!

 

《料金》

・整う整体施術(施術時間90分~120分くらい)→9000円

・オイルトリートメント(施術時間60分。整体施術とセットでのみお受け頂けます。)

7000円

リフレクソロジー(施術時間30分。整体施術とセットでのみお受け頂けます。)→3000円

 

 

本来あるべき姿に戻していく。

本来の身体のポテンシャルを引き出す。

立つこと自体が楽になる。

関節の可動域が広がる。

視界がとにかく明るくなる。

身体が軽くなる。

ストンと立てる。

楽に動ける。

 

そんなことを実感していただける施術だと思います。

もちろん不調を感じている個所や痛みが出ている個所がありましたら遠慮なくおっしゃってください。

あらゆる方法で施術を試みます。

 

 

お気軽にご質問・お問い合わせしてください。

↓こちらからどうぞ。

お問い合せ・お申込み:メールフォーム 

 

 

藤山家ではご神木が埋まっている不思議なお部屋で施術します。

一緒にゆるみましょ。

f:id:yukiukix:20210111173608j:plain

猫がふすまをボロボロにしてしまっているのはご勘弁ください…

この真ん中の四角い部分にご神木が埋まっています。

 

f:id:yukiukix:20210111173632j:plain

こちら。

 

もんのすごく気持ちよいお部屋です。

 

ぜひ体験してもらいたいなぁ。

 

8月8日がきました。天太さん(私の亡くなった息子)のことを今年も書きたいと思います。

f:id:yukiukix:20210808143803j:plain

いつぞやの綺麗な空。まっすぐスーッと上に線が入ってるね。

 

 

みなさんこんにちは。

毎日暑いですねぇ。

夏だねぇ。

夏大好きな私は毎日「暑いー暑いよぉー」と文句を言いながらもそれを存分に全身で楽しんでいます。(文句は言う。笑)

 

さて。

今日は8月8日です。

私はこの日がとても好きです。

『8月8日』という字面が好きです。

そして何よりも

 

息子の命日

 

だから好きなのです。

 

息子の命日が好きって不謹慎に感じますか?

まぁそう感じる方もいらっしゃるでしょうね。

でも私はこの日が近づくと胸がキュッとして、「わぁ…」と何故か声が出てしまうのです。

 

早いもので私の息子の天太(てんた)さんが亡くなって7回忌だそうで。

(いつも数えてないから忘れていた。☜これを母親に怒られました。笑)

天太さんの話しは何度かブログにも書いているのでご存知の方もいらっしゃると思いますが、彼は染色体異常で産まれた、それはそれは小さくて可愛い男の子でした。

 

天太さんのことを書いた記事です。よろしければ。☟☟☟

 

yukiukix.hateblo.jp

yukiukix.hateblo.jp

 

まさか私が染色体異常で産まれた子の母になるなんて!!と驚きすぎて放心状態になったり、絶望で泣いたり、心の持っていきかたがわからず混乱したり、自暴自棄になったり、囚われの身になったような錯覚に陥ったり、このまま人生終わるのか…と途方にくれたり。

 

かと思えば「天ちゃぁぁぁーーん♡かぁわぁうぃ~ん♡」って言いながらチュッチュッしてたり、「好き好きぃーーん♡」って言いながら抱きしめていたりして、なんともいえないちぐはぐ感がありました。

 

『短命ですよ』『いつ死ぬかわかりませんよ』『育ったとしても話せませんよ』『立てませんし歩けませんよ』といわれている子をどうやって育てたらいいのか、“心の置き所”がまるでわからなかったんだよね。

18トリソミーの子は筋力がとても弱く、嚥下も難しいのです。なかなか大きくならないし、ほとんどの子が自力で立てないし歩けません。)

 

何度も書いているのだけれど、私は天太さんの存在と亮一さんの言葉でとても穏やかで静かな世界を知りました。

“赦す”ということがどういうことなのか、がなんとなくわかったような気がしています。(これも勘違いだったり思い込みだったりもするんだけどね。)

人にはいろいろな側面があり、あらゆる感情が同時にあってもいいし、それが当たり前のことなのだと知りました。

母親である前に“私で在る”ことがとても重要で、見失ってはいけないことなのだと実感しました。

 

彼と知り合わなかったら未だにわからなかったことが多々あります。

わからんちんで強固な思い込みが満載の私に“ゆるむ”と“赦す”をじんわりと示してくれているのは彼と亮一さんとそらさんです。

(未だにわからんちんだし強固な思い込み満載ですがね。とほほ。)

 

 

7年前の今日のことを思い出すと胸がキュッとします。

それは哀しみでもなく、後悔でもなく、辛さでもありません。

「あーそんなことがあったんだよなぁ。。」

「私の“人生”という名の“記憶”にそんな出来事があったんだよなぁ。。」

という『切なさ』です。

 

可愛かったなぁ。

しんどかったなぁ。

眠かったなぁ。

辛かったなぁ。

悲しかったなぁ。

大変だったなぁ。

愛しかったなぁ。

なんで私にこんなことが!と怒ったよなぁ。

 

でも

よかったなぁ。

 

そんな感じの思いを何度も反芻できる喜びを体験しています。

今日は人間に“記憶する”という機能があってよかった!と思う日です。

 

たくさんの人に助けてもらった体験もしたし、なんだ?!!世の中って優しいじゃん!!と改めて感じたのもめちゃくちゃ記憶に刻まれています。

 

『息子の死』って聞くとそりゃあネガティブな感じがするだろうけど、私は天太さんが生まれてよかったと感じているし、私の腕の中で亡くなったこともとてもよかったと思っています。

 

あー

私の人生がこれでよかったなー

 

と。

 

 

毎日いろんなことがあるよね。

腹が立つことも普通にあるし、びっくりしちゃうようなことも起こります。

哀しい出来事もあるし、憤るようなことだってあるよね。

それが“生きてる”ってことだね。

 

私は天太さんの死を目の当たりにして「はー人ってほんとに死ぬんだなぁ」とあれほど実感したはずで、『人間はみんないづれ死ぬ』『死はみんなに訪れる』とあれほどあれほど感じたはずなのにすぐ忘れます。

そのことをすぐに忘れてしまうんです。

 

なんというポンコツ!!!

 

少し前、仲良くなり始めていた方が急に亡くなりました。

とてもびっくりして数日間気付けば泣いているという日々を過ごしました。

 

生身のその人ともう会うことができない、話すことができない、触れ合うことができない。

それってすごく哀しくて寂しいことなんだ、と、もうなんだか「今さら何言ってんだよ!」なことを改めて改めて改めて実感した。

でも私は知ってます。

これもすぐ忘れるんです。

ポンコツ!!

 

数日前、私の施術を受けて下さってる方のお父様が亡くなったとメッセージが入りました。

私はお父様とはお会いしたことがないです。

しかもその施術を受けて下さっている方もまだ3回?くらいしかお会いしたことがありません。

それなのに涙がぽろぽろと流れてくるではありませんか。

もう自分で何がなんだかわかりません。

 

人が亡くなるって哀しいね。

びっくりしちゃうよね。

 

そして一番忘れちゃならないことがあります。それは

 

自分も死ぬ

 

ってことです。

 

いずれ死にます。

絶対に。

 

魂は死なないとかそんな話しは知りません。

そうかもしれないけれど、そんな話しと生身の身体で会えなくなる哀しみをごちゃまぜにするのは好きじゃないしうるせー!と思っちゃいます。

 

この

私もいずれ死ぬ、それはいつかはわからない。

という事実はそりゃもう忘れます。

すぐに忘れます。

明日は間違いなくくると思ってるし、日々のことで頭は忙しいから。

 

でもいつも立ち返りたい。

 

私はいずれ間違いなく死ぬ

 

ということに。

 

 

今日は天太さんに「ありがとう」を伝えたいと思います。

手を合わせて。

私の人生の記憶に現れてくれてありがとう。

だんだん細かい記憶は曖昧になってきているけれど、鮮明に残っているポイントの記憶も胸のキュッもまだあるよ。

 

あ、晴れてきたな。

じゃあやっとお墓まいりに行けるから行ってくるね。

 

最後まで読んでくれてありがとうございます。

 

ではまた。

 

 

最近のもろもろ。

f:id:yukiukix:20210709152008j:plain

友人の天才画伯、堀悦子さんが書いてくれた私と亮一さん。天才だ。

 

こんにちは。ゆっきぃです。

だいぶブログを書いていませんでした。

Facebookには毎日のようになにかしら投稿しているのですが、ブログでしか私の安否確認ができないみなさん、私は元気です。

施術のご予約も相変わらずたくさん頂いておりましてほんとにありがたいです。

 

相も変わらず私は苦悩したり、大笑いしたり、惚気たり、時に憤慨してみたり、泣いてみたり、喜んでみたり、まどろんでみたり、「なんもできねーー!」と悪態をついてみたり、その諸々をすぐに忘れて「なんだっけ?」と「私、なんだっけ?」とアホみたいな顔をしたり、、まぁ平和に生きております。(平和だ。)

 

ここ最近はずーーーっと『文章が書けない』という病(?)に侵されていたようですが、なんとなく今日は書きたくなったのでパソコンの前に座っているという感じです。

 

あんなに書くことが好きだ(と思っていた)のにパタと「書けない」「書きたくない」「書けるもんか」「私に書けるわけねーじゃん」「まぁ書いたって誰も読んでくれないしぃーー」と、メンドクサイ私が炸裂していたわけです。

 

書いたって書かなくたってどっちでもいいのにねぇ。

 

昔むかしの私だったらコレの原因を探りにさぐっていた、とふと思う。

 

なんで書けないんだろう?

書きたくないってほんと?

あんなに書くことが好きだったじゃない!

私は『書くこと』が『好きな人』でしょ?

それが書けないなんてきっと大きな理由がどこかにあるはず!!

あ!!!

きっと少し前に会って話した○○さんの否定エネルギーと同化してしまったんだ。

私はすぐに人のエネルギーの同化してしまうから…浄化しなければ!!

それか、昔お父さんに「おまえは何をやっても中途半端だからな。」と言われ続けた言葉が私のトラウマになってるからかもしれない。

きっと私の「インナーチャイルド」が疼いているんだ!!そうだ!!

あ、それとも第3チャクラが閉じているのかもしれない!!

それか第2チャクラか…

私の「どうせ誰も読んでくれねーし」の拗ねモードはチャクラが閉じているからなんだ。

じゃあこのチャクラを活性化させるには…

いや、そのまえにトラウマとか昔の傷をどうにかするべきだと思うのよ。

インナーチャイルドさんに言い聞かせなきゃ!

じゃなきゃ「書くのが好きな人」じゃなくなっちゃうじゃない。

大変だ。

この傷をどうにかできるヒーラーさんを探さなきゃ!

なにかすごい助言をもらえたらスッキリするかもしれない!

これが起こっている原因を納得いく説明をしてくれる人がどこかにいるはずだ!!

 

 

その当時は本気で真剣にそんなことを考え、悩み、右往左往してリーディングができる人に会いに行ったり、ヒーラーさんにヒーリングをしてもらったり、心理学を優しく教えてくれる方のお話しを聞きに行ったりしておりました。

(あ、占いも楽しかったな。)

それはそれで今思い出しても「ぷっ!」と笑ってしまうほど健気で真剣で楽しかったなぁと思えるのですが(当時は辛かった。)、今は原因を探りません。

あ、軽くは探るよ。

なんだろなー、くらいね。

 

この『原因を探る』ってドツボにハマることあるからね。

(全然やってもいいとは思うよ。)

それから「あ!!これが原因だったのかぁーーー!!」とかもんのすごくドーン!とくる理由が見つかったとしても、それってだいたい嘘…というか中途半端な理屈だったり誰かの受け売りだったりするからね。(本人だいたい気付かず…)

 

人間はいつだってスッキリしていたいだけ。

 

ただそれだけなんだなぁとつくづく思います。

理由をなんとなく見つけてスッキリしたいだけ。

ただそれだけ。

 

でも理由をみつけてもスッキリする感じがするのはほんの一瞬なんだよね。

またモヤモヤやグズグズはぜったいにやってくる。

 

この「書きたくない」と感じている原因はなんだ?きっと理由があるはずだ!!

っていう思いは→「書きたくないと感じている自分」を罰しているその罰している気分が嫌だモヤモヤするスッキリしたい!!

って、ただそれだけなんだよね。

とてもシンプル。

 

でさ、じゃあスッキリするにはどうしたいいんですか?!!ってなるでしょ?

ならない?

なるよね?

 

それがさーーー

「スッキリしたい!」「モヤモヤはいやだ!!」を諦めるとフッと力が抜けるわけ。

でさ、気づくとどーでもいっかーー!ってなってスッキリしていくってカラクリなのよ。

 

それは親がどーだこーだとか、チャクラがどーだこーだとか、トラウマ解消がどーだこーだとか、インナーチャイルドがどーだこーだなんて何も関係ないわけ。

 

あー私スッキリしたい!って思ってるんだなー。

モヤモヤを早く解消したいって思ってるんだなー。

あーもーやだなぁーー。

(モヤモヤぐるぐるモヤモヤぐるぐるーー)

 

なんか全然スッキリしないし、モヤモヤが収まんないから映画でも観るかー。

本でも読むかーー。猫でも触るかー。風呂でも入るかー。

もーモヤモヤしたまま生きるかー。

 

…ん?

あれ?

なんかスッキリしてるな。

 

これです。☝

 

モヤモヤとぐるぐるは必ずまたやってきます。

(それはなんで?っていうのはまた別のお話しで。)

そんなもんです。

ずーーーーーーっとスッキリしたまま生きてる人なんて私はどこにもいないと思っています。(そんな風に見える人はいるよね。でもそんなことないからね。多分ね。)

その仕組みを知っているか、そこに気付けるか、で、それをどうするか、でモヤモヤが過ぎ去るスピードが変わってきたり、モヤモヤをいかにほうっておいて過ごせるか(左右されない)なのだと思っています。

 

あれ?

なんの話しだっけ?

あ、そうそう。

だから私が「書けない」「書いたってどーせ誰も読んでくれねーし」とか思ってたのは、毎度のことながら

 

身体が疲れてたから

 

だと思います。

 

人はすぐストーリーをくっつけたがるからね。

身体がしんどいだけなのに「どーせ誰も読んでくれねーし」とか「トラウマが…」とか言うわけ。

はーほんとどーしょもねー。

 

だから私は私の思考をいつもいつも裏切り続けます。

すぐ嘘のこと言ってくるんだもん。

だいたい思考ってもんは「過去のことを参考にストーリーを作る」って性質があるんだよね。

だから裏切っていかないとずーーーーっと同じ思考をぐーーるぐるするだけなんだよね。

てなことを書きはじめたら書けちゃったね。

あんなに「書けないっ!」と感じていたのに。

なんだろ?これ?

この原因をさぐらなければ。(おい。)

 

 

さてさて。

話しは変わって。

先日そらさんが10歳になりました。

あのそらさんが10歳になりました。

そうですよ。

あのそらさんが10歳になったんですよ。

 

f:id:yukiukix:20210709152126j:plain

 

 なんなんすかね?これ。

可愛すぎじゃないですか?

そらさんはお腹の中にいる時からずーーーっと可愛い。

「もうっ!なんだよっ!!かわいいじゃねーか!ぷんすか!!」ってなるくらい可愛い。

 

先日その可愛すぎるそらさんがこんなことを言いました。

 

「ねぇママ。ママは『勉強しなさい』とか言わないじゃん?学校のお友達はそれをみんなすごく羨ましがってるんだけど、そらちゃんはたまには言われたいんだよねぇ。」

 

私はその言葉を聞いて大笑いしました。

 

「たまには言われないと不安になるんだよね。ママ!そらちゃんは不安だよ!!(←半分笑っちゃってる。)」

 

私は亮一さんに「パパ!そらちゃんがなんか面白いこと言ってる!!笑」と大笑いしながら言いました。

それを聞いて亮一さんは「わかる!そら!わかるよ!!」とニヤニヤしながら言っていて、この人最高だな、と思ったのでした。

 

そらさんは「ママから『勉強しなさい!』と言われないと一生自分から勉強しようとする気配がない」と言いました。(それ聞いてめちゃくちゃ笑った。)

でもそれじゃダメな気がして不安になる、と。

だから私に思ってもいない「勉強しなさい!」をたまには言えっていうんですよ!!

だからね、言ってみたんですよ。

 

私「じゃあ全く思ってないけど頑張っていってみるね!いくよ!『べんきょうしなさーい(←棒読み)』どう?」

 

そらさん「ぶっははははは!下手ーーーー!!」

 

私「下手だねーーー!!あっははははーー!」

 

そらさん「もうママ言わなくていいよ。ちょっとワガママ言いたくなっただけだから!(*'▽')」

 

私「え?ワガママなの?( ゚Д゚)これってワガママなの?( ゚Д゚)」

 

そらさん「え?ワガママでしょ?(*‘∀‘)」

 

私「え?( ゚Д゚)…全然ワガママじゃない…」

 

そらさん「そうなの?(;'∀')これってワガママじゃないの?」

 

私「…好き…」

 

亮一さん→ニヤニヤ

 

そらさん「これからもたまにこんなこと言うと思うけどさ、ママは今みたいに笑ってくれてふざけてくれたらそれでストレスがなくなるからさ。これからも今みたいにしてくれたらいいから!」

 

私「…天使…なんですか…?( ゚Д゚)」

 

亮一さん→ニヤニヤ

 

そらさんが南アルプス子どもの村小中学校に入学して4年目です。

もう4年生です。

そらさんは自分で考え、自分の意見を言い、人の話しをちゃんと聞き、他の人の意見も理解しようとし、で、どうしようか?を考えられる子に育っています。

話しをしているだけで「すごいなぁ( ゚Д゚)」と思うこと多々。

 

そうそう。

そらさんのすごいところはたくさんあるんだけど、もっともっと小さいころからずーーっと持ってる特徴があります。

それは『自分の感情をちゃんと観ることができる』『自分の感情をちゃんと説明することができる』ところです。

とにかく機嫌が悪くてぶすっとしてたり、八つ当たりしたり、怒ってたりするときがほっとんどないんです。

赤ちゃんの時からです。

もちろん眠くて泣くとかお腹が空いて泣く、とかはあったんですよ。

でも一日の大半はご機嫌で過ごしていました。(ほんとに手がかからない子です。私が1人でわーわー言っていただけでした。。)

今もそれが続いています。

時に機嫌が悪そうな時があっても「ちょっとそらちゃん今イライラしてるんだよね!ぷんすか!!」みたいな感じでとっても可愛いし、その時間もすぐに過ぎ去っていきます。(すーぐケラケラ笑っちゃう。)

まぁ何が言いたいかったていうと、そらさんは最高だってことです。笑

 

昨日の夜、まだほっぺがぷくっとしているそらさんの寝顔を見ていてこんなことを思っていました。

 

「なんだこれ…私の目の前で起こっているこれはなんだ…?」

「この可愛い生き物がここにいるけれど、この子は一体全体どうやって出来上がったんだ?」

「この湧き上がる『可愛くてたまらない』『愛しくて仕方がない』という感情はどこからどうやって湧いてきているんだ?」

 

この身悶えるほどの感情がどこからやってくるのかを私は知らない。

どこからやってくるのかな。

“湧き上がる”って書いたけど、ほんとにそうなのかな。

 

私はそらさんに感謝しています。

いつだって感謝しかありません。

「こんな感情を味合わせてくれてありがとーーーーー!!!」という感謝です。

 

勉強?

してもしなくてもどっちでもいいよ。

あなたが楽しくのびのび生きてくれるなら。

でもやりたい!と思ったことがあって、それに勉強が必要ならやればいいじゃん。

 

そんな感じです。

 

そうそう。

亮一さんの話しも書いておこうかな。

 

亮一さんはのんびりマイペースにカレーを創り続けています。

f:id:yukiukix:20210719160146j:plain

美しすぎる…。亮一さんのカレーは美しくてそして美味すぎる…。

 

のんびりマイペースでも、続けていくとこんなに進化していくのか…と毎回驚く。

何回も書いちゃうけど、この人数年前までお料理まったくできなかったんだよ!

人間ってこうやってできるようになっていくのかぁ…という姿を目の当たりにしてるんだけど、ほんとにすごいんだよ。

 

亮一さんのカレーはめっちゃくちゃ美味しくてね。

ついついFacebookで自慢しちゃうわけ。

そしたらさ、横浜の藤山家には遠くてなかなか来られない方が「発送はしてないんですか?!」と聞いてくれたのです。

もう嬉しくてね。

亮一さんと一緒に「冷凍便で送ろうよ!」と話し合い、モニターさんを募って送らせて頂いたんです。

ほんの少しの方たちにだけだったのですが、これは私たち、というか亮一さんにとってはすんごいことです。

ただ好きで、楽しくて作っていたスパイスカレーを「食べたい!会費払ってでも食べたい!」という方達がたくさんいらっしゃって、藤山家まで足を運んでくれたこともとってもすごいこと。

それに加えて「発送してほしいです!」と言ってくださる方がいらっしゃるなんて、めっちゃくちゃ驚くことです。

ありがたすぎて泣くわ。

まだ今のところモニターさんに数種のカレーを送らせて頂いた段階ですが、亮一さんはマイペースに着々と次のことを進めております。(発送便が実現するようにね。)

 

が!!!

 

亮一さんは計り知れない方なので、どう進んでいくのかはまったくわかりません!!笑

温かい目で見守ってくださるとありがたいです!!

 いやぁ、でもね、何度も何度言いますがね、亮一さんの創るカレーはマッジッで美味いから「みんな食べたらいいのにっ!!!」と本気で思います。はい。

 

 

さて、最後に私のお話し。

f:id:yukiukix:20210409183649j:plain

施術をたくさんやらせていただく機会が増え、めちゃくちゃありがたいです。

ほんとにたくさんの方たちと出会うことができて、なんかすごいなぁー!と感動しております。

身体を預けて下さる、身体を触らせて頂く、ご自分の話しを聞かせて下さる、ってすごいことだと思うんです。

いらして下さってるみなさん、もうねーー!ほんっとにありがとうございますっ!!!

 

私は私ができることを丁寧に、わからないことがあったら熟考して、調べて、検証して、わかりやすく説明できるように、そして施術に落とし込んでいきます。

 

身体を整える。

肚で立てる身体に戻していく。(元々できていたはずなんです。)

捻じれてゆがんでしまったものを、元のカタチに戻してすっきり整えていく。

 

身体が整うと思考が整う。

思考が整うと心が整う。

心が整うと生きやすくなる。

 

あるべき場所にあるべきカタチであるべきものがちゃんとあれば、正常に快適に動くはずなんです。

痛みは不自然さの現れ。

不調は何かがズレているというお知らせ。

私はそう感じています。

 

不自然なものを自然なものに。

ズレてしまったものに気付いて、元に戻していく。

そんな施術です。

 

 もしご興味ありましたらお気軽にご連絡くださいね。

 

↓こちらからどうぞ。

お問い合せ・お申込み:メールフォーム 

 

7月の空き枠→28日15時~

      29日10時半~16時までの間(スタート時間ご相談ください。)

      30日10時半~16時までの間(スタート時間ご相談ください。)

 

8月はまだ割と空き枠あります!

ご予約よろしければどうぞー!

 

あ、そうそう。

『私のコト』のほうの電子書籍化、編集が遅々として進んでいませんが、やってますよ!

そのことについてもまた次回書きます。

お待ちくださっているみなさん!

見捨てずにもう少しおまちくださいぃぃぃーーーー!!

有里ちゃんの世界をもっと楽しんでいただけるように、より読みやすく編集しておりますから!!

 

ちょっと長くなったな…

最後まで読んでくださってありがとうございます。

 

なんか…私…やっと書く感覚が戻ってきた感じがするっ!!!

もうすぐ誕生日だしやるかーー!!(誕生日関係ない。)

 

よかったらまた覗きにきてくださいね。

藤山家は相変わらずのほほんと元気にやってますよ。

 

ではまた。