藤山家においでよ

藤山家ってこんなとこです。

私が“ゆるむ”とどうなるか。

自叙伝の続きが書けたことを一人ひっそりと喜んでいる。

 

私、続きなんて書けるのかなー。なんて思いながらキーボードを叩きはじめた。

ら。

 

やっぱり面白い!書くの面白い!って感じられて嬉しかったのです。

あーよかった。

 

 

気付いたら旅のことを全然書いていない。

ブログがストップしたことについても書いていない。

 

旅ってこれね。↓

高知県までの道のりで誰に会えるかな?誰にも会えないかな?それも面白いんじゃないかなぁツアー開催のお知らせ - 藤山家においでよ

 

この旅の初日に記事をアップしたあと、パッタリとブログが止まる。

 

そりゃ『どーした?!』ってなるよね。

 

 

旅については…えーと…

 

結論としては最高でした!!

 

最高に面白い旅でした。

 

お会いした方たちも素敵な方ばかりだったし、行った土地もほんとに良かった。

みなさんほんとに親切で優しくて…

 

亮一さんもそら先生も最高でした。(すばらしいパフォーマンスでした!)

 

ま、旅のことはまた細かく書きたくなるだろうからぼちぼち。

 

旅の途中?始まる前?からなんだかすこーし自分の様子がおかしいことに気付いていた

ワタクシ。

『なぁーんかちょっと調子がおかしいんだよねぇ。』と亮一さんにはポツポツと呟いておりました。

 

どんな感じかというと

・寝起きがすこぶる悪い。

・ずーっと頭が冴えない。

・えいっ!」と気合いを入れなきゃ動けない。

・一日のうち何回か視点が合わなくなる。

・気を抜くと身体の力がどんどん抜けていく。

まぁそんな感じ。

 

こんな感じの状態が旅行中にもあったのですが、そこは旅のパワー&旅のテンションでごまかせていました。

 

でーすーがー

 

帰ってきたらもー大変。

 

まっっったく身体が動かなくなったんです。

これほんと。

 

ブログどころかほぼ全てがストップ。

 

家事もそら先生のお世話も亮一さんのお世話?も

ほんっとに「はぁ…はぁ…」「ぜぇ…ぜぇ…」と息を切らせながらやる感じ。

 

ブログも書きたいのに書けない。

家事もやらなきゃなのに(ほんとはやらなくてもいい)できない。

そら先生のお世話もちゃんとしたいのに(ちゃんとってなんだよ)できない。

亮一さんのお世話?もしたいのに(しないと嫌われちゃうって思ってる)できない。

 

これが日に日に重く強くなっていったんです。

 

亮一さんに泣きながら言いました。

 

「なんにも出来ないぃ~!動けないんだよぉ~!何にもしない私だと嫌いになるでしょー?!うわーん!!」

 

ほー…

私の“これ”はほんとに根深いんだな…

このやりとり、何回やってんだよ。私。

 

「ゆっきぃ、あのさ、○○が原因でそういう状態になってるんじゃなのかな?」

 

亮一さんは「嫌いになんかならないよ」という私が期待していた優しい言葉は一切言ってくれず笑、そう言いました。

 

「あーー!!○○!!んー…そう…かなぁ…」

 

私は最初『○○でこんな風になるかなぁ…』と亮一さんの意見を受け入れませんでした。

 

でもね、よーく感じてみて、もう一度○○について書いてある本を読み返してみたんです。

 

そーしたら!!

症状どんぴしゃ!!

真面目かっ?!っていうくらいその本にかいてあるとーりの症状でした。

 

その○○とは…

 

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こちらです。

 

見れました?

 

『ゆるんだひとからうまくいく』

 

このCDを旅行前から聞き始めていたのです。

もっと詳しく言うと、この本を読んで『これだっ!』と思った亮一さんは植原先生の

この『ルン・ル』を直接受けに行っていたのです。

 

家庭に一人でも直接『ルン・ル』を受けている人がいると効果はものすごいことになるそうなんです。

 

旅行前からちょくちょくこのCDを聞きはじめ、帰ってきてから全く身体が動かなくなり、身体が動かないから何にもできなくなり、何にもできないからこのCDを聞くぐらいしかできない、だから何度も聞く、そしてまたさらに身体が動かなくなる…のループに入っていった。って感じ?

身体が動かなくなった原因がこれだとは気づいてないですから。

 

 このCDを聞いているとまず泣けるんです。

何故かおいおいと涙がでてくる。

もう止まらないぐらい。

 

もう悲しくて悲しくて仕方がない。

 

そしてその後もんのすごい怒りが湧いてくる。

もう心の奥底からどんどん湧いてくる。

 

過去の思い出がドワーッと思い出される。

 

悲しみとともにドワーッと思い出される過去の思い出の中に

天さんの思い出が出てきたんです。

普段?ていうかずーっと天さんとの思い出に“悲しみ”なんて皆無だったから

おかしいなーって思ってたんだ。

で、次にきたのがもんのすごい怒りだったからよーく見てみたら…

 

私がこの時感じた悲しみと怒りを表す言葉はこれでした。

 

『なんで私ばっかりこんな目にあわなきゃいけないの!!!』

 

気付いたら「なんで私ばっかり!」「なんで私ばっかり…」て声に出して泣いてたりしてました。

 

もう自分でびっくり。

 

うわぁ…

私ってそんなこと感じてたんだぁ…って。

 

次に来たのが父親のこと。

 

『おっまえはほんっとにだらしがないなっ!!』

と過去の思い出の中で何度も何度も言う父親

 

胸がきゅっと縮んで苦しくなる。

悲しくて悲しくてまた涙が出る。

そしてまたそのあとにもんのすごい怒り。

 

『だらしがない私だっていいじゃん!!お父さんだってだらしないじゃん!!

だらしない私だって愛してよ!!わかってよ!!』

 

 これまたびっくり。

 

私の父親は絶対に『だらしがない私』のことも愛してくれているのを知っているのに。

『だらしがない私』に✖をつけていたのは紛れもない“私自身”だった。

 

 

“悲しみ”ともんのすごい“怒り”。

 

これはセットだ。

 

これを植原先生とひすいこたろうさんはこの本でこう言っている。

 

ひすい ゆるむために、呼吸と、あとは何かありますか?

    例えば、笑うといいとか?

植原  一番いいのは「怒り」です。

ひすい え?!「怒り」ですか?

植原  「怒りは悪」。それが一般的な見解ですよね。でも、私は「許せ」なんて大嫌い。(笑)許すなんて、何それ。許すというのは神しかできません。人間ができるわざじゃない。でも人気があって不思議だなと思います。

「怒りはダメだ」という人は、怒りの持って生き方をなんで伝えてあげないんだろうかと思います。怒りの発散の仕方を教えてくれない。怒りを抑えている力がゆるめば、自然に湧きあがってくるんだから、それに任せておけばいいんです。

ひすい 怒りでどう解放を起こすか、もうちょっと具体的に教えていただけませんか?

植原 怒りをいかに燃え上がらせるか。不動明王をみてごらんなさい。全身で怒っていますね。人間もああなればいいんですよ。

ひすい 全身で怒ったときに、その後解放がくるんですか?

植原 解放感はないです。絶望感というか、本当に悲しくなりますね。「こんなわたしなんかが生きていていいの?」とか、「なんの価値もないよ」となります。

でも、その後、なんかしらないけど気分がフッと変わるんですよ。そしてアレッと自然に笑いだしちゃうんです。そうすると、なんであんなに怒ってたんだろう。なんで悲しんでいたんだろう、とバカらしくなります。

ひすい 怒ったときは、余分な力を解き放つ絶好のチャンスなんですね。

植原 そうですよ。

 

 余分な力を解き放つと、その人本来の潜在能力が開花する。

 

この本にそう書いてある。

 

今回わたしは、悲しみともんのすごい怒りとともに、体がゆるゆるになってしまった。

全身の関節がゆるゆるにゆるんでしまって、ほんとに起き上がることも困難になってしまったのだ。

 私がどれだけ余分な力を入れて生きているのか?生きてきたのか?を証明したようなもんだ。

 

この“ゆるゆるになってしまって動けない”状態と“泣けて泣けて仕方ない”状態と“人生にはなんの意味も価値もない”という逃げ場のないものすごい虚しさの状態がかなり続いたので、こりゃ永遠にこのままなのだろうか?と思っていた。

 

が、そうでもなかった。

 

もーこういう状態になっちゃんたんだからしょうがない!亮一さんにも気持ちを素直に伝えつつ(役立たずの私だと嫌われちゃうと思っていて怖いんだー!!とかね。)、

開き直ってただただゴロゴロだらだらしていたら…

 

あれ?

私ってこうやって何にもしてない自分を心から許したのって初めてじゃない?

あれ?

何にもしてなくても生活できてる?

あれ?

亮一さんは私を嫌わないぞ?

あれ?

そら先生も相変わらず『ママ大好きー!』とおっしゃってるぞ?

あれ?あれ?あれ?

 

もしかして…

 

私ってもんのすごい存在なんじゃねーの?

 

ありゃーー!!

 

と気付いちゃったのです。

 

私って実はいるだけですごいんじゃね?ってことに気付くと、

私以外のみーんなもいるだけですごいんだってことに気付く。

 

自己否定をしている人や言い訳している人に出会うと『てめーふざけんなよー!お前はそんなもんじゃねーだろ?!いい加減起きろよー』ってなる。

 

ゆるゆるでどろどろでゴロゴロでめそめそでぐちゃぐちゃで…だった2か月?程?はもんのすごく辛くって、逃げ出したくても逃げられなくて、ほんとに皮をめりめりと剥がされるように辛かった。のですよ。

 

でもさ。

 

これがまたよかったのよ。

 

悲しみも悲しみ尽くしたし、怒りも怒り尽くしたし、ぐちゃぐちゃもぐちゃぐちゃ尽くした。

 

ら、

 

ただ居るだけ。になった。

 

私が“ゆるむ”とどうなるか?

      ↓

      

ただ“在る”ことがすごい!になった。

 

 

もしよかったらこの本を読んで、CDで植原先生の声?響き?を聞いて

ゆるんでみてください。

 

すごいよ。

 

 

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ちなみに私がずっと聞いていたのはこちらのお高い方のCDブックでございます。

 

そしてまたちなみに。

この本を紹介してくれた私の友人のブログもとても素敵です。

日月日誌 hitsuki nisshi

この人の文章はとても美しい。

もがきっぷりも美しい。笑

そして本人もとても美しいです。

よかったらどうぞ。