藤山家においでよ

藤山家ってこんなとこです。

“やさしさ”ってなんですかね?

私は自分で自分が嫌いだった時期がながーくあったので、どうやったら、どうなったら、「優しくなれるのか?」や「愛するってどういうことなんだろう?」とか「結局“愛”とか“やさしさ”ってなんなんだろう?」ってことをかなーーーーり真剣に

かなーーーーーり真面目に考えていた。

 

なかなか『これ!!』という答えが出せずにいた私。

 

数年前に亮一さんはこんな本を薦めてくれた。

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この、著者の名前がなかなか覚えられない本。笑

(アルボッ…んん・んまままにゃーま…とかいう人がさー、なんていう会話を亮一さんとしてます。すません。)

 

これね、数年前に読んだ本だったんだけど、読んだときすんごい衝撃だったんだ。

 

とか言いながら、すっかりこの本のことを忘れていたワタクシ。は、健忘症でございます。

 

最近、亮一さんがとある方からとある相談を持ち掛けられて、「この本がその人にはいいかなーと思ってー」と言いながらクローゼットから出してきたのですよ。

 

で!

すっかりこの本を忘れていた健忘症藤山幸江(ゆっきぃ@ケンボウショウ)は読み返したわけです。

 

そしたらさー

 

もうすんごいのよ。

 

すごいの。

 

今読んでほんとによかった!って思ったのよ。

 

数年前に読んだ時もよかったんだけど、今の方が格段に「うーん!!」と頷く深さが違うのです。

 

 

 

 

「やさしさとは、なんですか?」と尋ねても、誰もしっかり答えられないのです。

 

 結局やさしさについて、誰も知らないのです。

 

それなのに自分が思う「やさしさ」を疑ったことがないのです。

もちろん、それで万事うまくいっているなら問題ありません。

誰もがやさしくて、幸せを感じていて、笑顔で過ごしているのなら、やさしさについて改めて考える必要はないのです。

けれども、実際はそうではありませんね。

 

 

冒頭でアルボムッ…ん・んまままなーら…さん…はこうなげかけます。

 

ほんと、そう思いません?

 

以下、この方は仏教のお坊さんなのでかなり仏教系のお話になっていきますが(そりゃそうだよね。お坊さんだもん。)かなりわかりやすく説明をしてくれます。

 

私たちは、弱肉強食の世界で四苦八苦しています。

私と他の生命は、いつでも奪い合っているのです。

「私」と「他」の対立から、苦しみが生まれているのです。

 

「私が、私が」というエゴを捨てて、より客観的に、より普遍的に物事を見て、「生命が」と考えればいかがでしょうか?

 

「生命が」と考えるんら、あれもこれもすべて生命です。

そこに自と他の区別はなく、対立は生じません。

 

 

「生命が」と考えればいかがでしょうか?

 

…って…

 

いかがでしょうか?って!

 

優しいやないけーー!!

 

このあとアルボムッ…んん…さんは(もういいか)「この一つの生命が…」と見ると、

周りには「生命のネットワーク」があるということに気付くと説きます。

 

「無数の生命のなかで、この自分という一つの生命が、他人からやさしくされたいと思っている。」

「自分と言う生命は、他人のやさしさによって生きている。他の生命の協力がなければ、今ここにいる自分という生命は生きていけないのだ。」

「この生命は、自分だけ独立して自由勝手に気ままに生きているのではない。

他の生命の協力によって成りたっているのだ。」

 

ここで私は、「生かされている」という言葉は使いたくないのです。

それは間違いの世界です。

 

「生命は成り立っている」のです。

 

 

しびれるわー。

「生かされている」んじゃなくて「成り立っている」んだってー。

 

しびれるわー。

 

この後もしびれる言葉引用しちゃうから。

 

まぁまぁ読んでいってくださいよ。

 

「やさしさ」というのは、ごく自然に生きることです。

自己中心にものを考えないことです。

「自我がない」ということが、「やさしい」ということなのです。

 

「自我がある」と、「やさしい」ではなく「恐ろしい」のです。

 

「やさしさ」って、ごく自然に生きることなんだって!!

 

貴方が貴方で在ることがもんのすごい「やさしさ」なんだよって言ってるんですよね。

 

 

最後の方に「エゴの治療法」っていうのが4段階に分かれて出てきます。

 

そこに衝撃的な一文があったからシェアするね。

 

治療の第一は、自分の希望を認めることです。

人間には「自然法則に成り立つ希望」があります。

 

「幸福になりたい」

「悩み苦しみは嫌です」

「努力は実ってほしい」

「自分が何をやるべきか、すぐにひらめいてほしい」

 

これらは欲望ではありません。

 

生命であれば、このぐらいの希望はあって当然です。

魚が「きれいな水が欲しい」ということを「とんでもない欲張りだ」という人はいないでしょう。

 

私たちは「自分にはこのような希望があって、それは変なものでも、わがままでも、エゴでもなく、生命たるものの本来の希望である」と、しっかり認めることです。

 

エゴがある人は、「幸福に生きたい」という自分の基本的な希望を認めていないのです。

 

一応、「幸せになりたいと思います」と表面的に思っているのですが、「死にたい」と思うこともあるし、「私には幸せになる権利がない」と思ったりもするのです。

なかには「そんな気持ち悪いことは考えたくもない」という人もいる。

 

みんな派手にイカレています。

 

魚がきれいな水を期待するのは、何も悪くありませんよ。

 

みんな派手にイカレています…

 

すげーなー。

 

 

生命からの希望を素直に認める。

 

「幸福で在りたい」は生命からの希望なんだ。

 

エゴからの欲望と生命からの希望。

 

全然違うのに、エゴまみれだと(派手にイカレてると)区別がつかなくなっちゃうんだろうね。

 

 

まだまだ私はイカレてるけど(いろんな意味で笑)、「やさしい」ってどういうことかわかったもん。

 

「やさしい」ってなんだろう?って思った方はぜひ読んでみて!

 

ほんとに名著だと思う。

 

私はいつも「やさしく」在りたい。なーなんて思って生きてます。

 

 

 

 

 

↓セッションメニューだよ。 

リーディングセッション  60分~10000円

整体           90分~7500円

リーディング整体     120分~15000円

スペシャルセッション   210分~30000円

*時間が~になってるのは…

だいたい私がしゃべりすぎて時間がオーバーするからです笑

 亮一さんのヒーリング整体もあるよーー!

 

上記以外のメニュー?でも考えますのでピンときた方は一回連絡してみてください!

 

夫婦セッションもやっちゃいますよ!

 

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