藤山家においでよ

横浜のパワースポットと化した藤山家。施術、お料理、お話し会などを通じて『幸せに生きる』を実験、研究しています。

私のコトを書籍化しようと思います。そして蓮華舎さんでの連載が終わります。

お久しぶりです。

このブログを書くのはいつぶりでしょうか?

もう今年もそろそろ終わりですね。

みなさん、この1年どんな年だったのかなぁ。

私は…

 

相変わらずのんびりのほほんとしていましたねぇ。

 

ですが、9月ごろから「動きたい!!お仕事たくさんしたい!!」という感情になり、なんやかんやともがきながら動き出したのですが、なかなかカタチにならずに撃沈することも多々。

お仕事を創る、知ってもらう、ってとっても地道なことなのだと改めて実感しています。

薄っぺらな付け焼刃なものではすぐに淘汰されてしまうとわかっているからじっくりいきたいけれど、あまり時間がかかってしまってはやる気がそげる…

 

個人事業主で真剣にお仕事を進めていらっしゃる方はこういう葛藤もあるのか…と今さらながら実感しております…(←遅い。一応個人事業主です。)

 

素晴らしいものでも広まらないものもある。

お客様目線で考えなければ売れない。

どこまで相手の求めている物を察知できるか。

ペルソナを定める。

 

などなど、今年の9月以降はこんな言葉に目が向くようになったりして…

 

私は一体どうしたいんだろう?

私はどこに罪悪感を感じているんだろう?

私はなんだろう?

 

いつだってこんなことを考えてしまう私はお仕事の進め方、やりかた、表現の仕方が下手くそなのです。

堂々と「私はこれこれこういうことをやっています!」と声高になかなか言えない自分がいる、ということをまざまざと見せつけられました。(全然気付いていたのですけれど…)

 

来年は「私はこれをやっています」や「こんなこともやっています」と少しでも表現していこうかな、と。

(できるかな…)

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そうは言っても、今年も私のブログを読んでくださり、藤山家にいらして下さった方も多々。

ほんとにありがたいです。

『私のコト』の方も地味ぃーにアクセスがあり、たまにメッセージなども頂きました。

 

「続きがどうしても気になるのでいつか書いてください!」と「一気に読んでしまいました。書いてくださってありがとうございます!」などの、ほんとにほんとに泣けてくるお言葉で。

 

あぁー

地味に書いてきてよかったなぁ。

 

 

さて、今年もほんとに残すところあとわずか。

冬至も過ぎ、『風の時代到来!!』なんておっしゃってる方もたくさんいますね。

 

風の時代ってなんやねん?という方はこちらをどうぞ。☟

mi-mollet.com

 

パラダイムシフト』とか『グレートコンジャクション』とかなんやねん!!

うっせーわ!!

 

とか思います?

 

私はほんの少し思います。笑

でも面白いっちゃ面白いですよね。

 

確かにいろんなことが変わってきた今年。

揺さぶられた方もきっとたくさんいるんだろうなぁ。

 

 

そうそう。

今年の2月から連載をさせて頂いていた蓮華舎さんでの連載が来月で終了いたします。

我ながら「いい事書いてるじゃん」と思う内容になっているので、もしまだ読んでない方がいらしたら読んでみて下さい!!

こんな私が『子育て』をテーマに文章を綴るなんて。

きっかけをくれた蓮華舎のおーちゃん(大好きな方です。)、ほんとにほんとにありがとう!!

 

☟最初から読んでくれたら嬉しいです!!

padmapublishing.hatenablog.com

 

来月で最後なんて淋しいですが、渾身の記事を書くのでそちらもぜひどうぞ。

 

 

そして…

来年やりたいことを決めました。

 

タイトルにも書きましたが、『私のコト』の電子書籍&書籍化をする!と。

 

これはずっとうっすらと考えてきたことなのですが、少し前に私の文章のファンだと言ってくれている大好きな人たちがこんなことを言ってくれたのです。

 

「『私のコト』をもう一度読み返したいんだけど…本になっていると読み返しやすいし、いつでも開けるようになったら嬉しいんだけど…」

 

「あれは何度も読み返したい作品なんだけど、ブログだと読み辛くて…。本になってたらどれだけ嬉しいか…」

 

 

 めっちゃくちゃ嬉しかった。

有里ちゃんがまた報われた!と感じたんです。

 

あ、まだ『私のコト』を読んだことがない方はぜひ!

書籍化するときはこのブログを加筆編集してもっと読みやすく、しかもブログには書いていないお話しも追加するつもりです。

コラムなんかもいれようと思っています。

 

yukiukixkix.hatenadiary.jp

 

そしてそして!

 

 

続編も絶対書く!!

 

と決めました。

 

どの媒体でどうやって書くかはまだ決めていないのですが、書き始めたらこちらのブログでもお知らせします。

もしご興味あれば読んでくださいね。

 

 

もう一つ決めたことがあります。

 

施術をもっとやっていく。

と。

 

私は私の施術を自分で「最高じゃん」と思っているのですが、これが恥ずかしくてなかなか言えなかった。

(私ごときができるんだからこんなの誰でもできるじゃん。とか思ってましたから。)

 

私は私の施術を「これです!」と言うのを拒んでいたんですね。

でも、こちらも支持してくださる方がいらっしゃる。

 

楽になる感覚、ストンと立つ感覚、ご自分の身体のポテンシャルを知る経験。

 

余分な力が抜けた時の真のパワフルさを知るという経験。

 

そんなことを体験してもらいたいと感じています。

 

どうやって知ってもらったらいいのかなんてよくわかないけれど、できることをできるだけやっていこうと思います。

 

身体を楽にして、ご自分の身体も才能も思考も含めた存在そのものを「いいじゃん」と思えるようになる。

 

そんな施術です。

 

ちゃんとこの辺も言語化して、もっとわかりやすくしていきます。

もしご興味があればご連絡くださいね。

 

 料金は今のところ90分8000円。

初回の方はお時間+30分の120分。料金+1000円。

ご希望があればめっちゃ美味しいハーブティーをお付けします。(+200円)

一緒に飲みましょう。

 

お問い合せ・お申込み:メールフォーム 

 

 

今日はクリスマスイブ。

家には夜にサンタさんが来ます。

 

そらさんはさっきこんなことを言っていました。

 

「…サンタさん来てくれるかちょっと不安なんだけど…」

 

うぷぷ。

かわゆす。

 

「…サンタさんがもし来てくれなかったら『悪い子』ってことでしょ?そらちゃん気付かないうちになんかしちゃってるかもしれないし…」

 

地味に心配している姿が可愛くて健気…

 

そんなそらさんに、私はこう答えました。

 

「は?そらちゃんが悪い子なはずないじゃん!もしサンタさんが来てくれなかったとしたらそれはさ…」

 

「…それは…なに?」

 

「きっとなんか用事が出来たんだよ!それか風邪ひいちゃったんだよ!!」

 

「あはははは!そっかぁーー!」

 

 

今日も藤山家は平和です。

 

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炭次郎イヤリングを付けてご満悦。かわいすぎる。

 

みなさん素敵なクリスマスをお過ごしください。

また書きます。

今日も私は粛々と生きています。

 

 

これからクリスマスぱーちーなのぉー!

ご馳走食べてシャンパン飲んでケーキ食べるんだ!

 

メリークリスマスーー!

 

ではまた!

 

 

 

 

久しぶりに可愛いこの子のことと学校のことを書こうと思います。~南アルプス子どもの村小学校に通って~

また間が空いちゃいました。

日々いろんなことに挑戦してみたりしてみなかったりしながら過ごしています。

相変わらず自分の不甲斐なさを感じたり感じなかったりしながら、この毎日を過ごしています。

みなさんはどうお過ごしですか?

 

さて、今日はずっと書いてこなかった可愛いこの子のことについて書いていきたいと思います。

めちゃくちゃ可愛いこの子です。↓↓↓

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やっべえ…可愛い…snow使った写真だからかなり盛れてるけど本物もこれくらい可愛いの。

ほんとほんと。(←親バカフィルターかかってます。)

 

そらさーーん!!!

 

そらさんは6月30日に9歳になりました。

南アルプス子どもの村小中学校に通い始めて3年目です。

3年生の最初はコロナの影響でずっと休校。

長い期間お家にいる時間が続きました。

6月15日以降、短縮授業で学校が再開。

(月曜日の始まりが遅くなったのと、金曜日の終わりが早くなったくらいですが。)

夏休みは通常より10日ほど短くなりましたが、もともと休みが長い学校なので私的にはちょうど良い感じでした。(そらさんは嘆いておりましたが…)

 

コロナ休校でお家に居る時間が長かったせいか、最近はとても寮生活を嫌がります。

日曜日の夕方になると「あ~あ…学校かぁ…」というつぶやきが始まります。

そして「いやぁ…学校はいいんだよなぁ。楽しいんだよ。ただなぁ…寮がなぁ…」と続きます。

たまに涙を流しながら↑このセリフを口にする時もあります。

 

「そんなに嫌なの?楽しそうだけどなぁ。何が嫌なの?」

 

私はいつもそらさんにそう聞きます。

だって金曜日に帰ってくるととても楽しそうなエピソードをたくさん聞かせてくれるんですよ。

 

「だってさぁ…夜淋しくなっても誰も慰めてくれないし…Iちゃん(寮母さん)は優しいよ。でもAちゃん(もう一人の寮母さん)だと怖いんだもん。ママみたいに慰めてくれないし…。それにさぁ…」

 

この「それにさぁ…」の後に続く言葉が彼女にとって一番寮が嫌な原因だと踏んでいるんですが…

 

「それにさぁ…自由にYouTube観られないしさぁ…

 

そらさんは一人っ子です。

家に居る時はyoutube見放題。

いろんな意見があるとは思いますが、私たち夫婦はそらさんに制限をなるべくかけないようにしています。

なので「youtubeは〇時間まで!」のような決めごとを設けていません。

(それには一応いろんな理由があるのですが、それはまたおいおい。)

 

そらさんは今youtubeにドハマり中です。

とくにポッキーさんという方に心酔しております。笑

ポッキーさんはゲーム実況者さんなのですが、私はそういう職業の方がいることをまったく知りませんでした。

ゲーム実況者さんなんて方がいるんだ!!という衝撃。

そらさんと一緒に観ているといつの間にか私までファンになっているという単純さ。

まぁこんな感じの母親なので、「youtubeは〇時間まで!」なんて言えるわけがありません。

 

「ねぇ。そらちゃん。寮が嫌なのはyoutubeが観られないからっていう理由でしょ?」

 

私はたびたびそらさんにそう聞きます。

 

すると毎回そらさんはこう答えます。

 

「え?…まぁ…そう…なんだけど…でも違うの!!パパとママといっしょが一番安心するの!!だからだよ!」

 

んもーー

可愛いんだからぁーーー(←相変わらずです。)

 

そらさんは3年生になった『わくわくファーム』というクラスに入りました。

(あ、そらさんの学校のことについて詳しく知りたい方はこちらを見て下さいね。↓↓)

www.kinokuni.ac.jp

 

今年から始まったこのクラスは羊を飼ったり綿花を育てたりするところから、糸を紡いだり、羊の毛を刈り、それを染めたり、毛糸で編み物をしたり、機織りをしたり、裁縫をしたりしていくそうです。

 

先週かな?やっと羊がやってきてとっても可愛い!と興奮しておりました。

あ、そうそう。

この羊を迎え入れるにあたって、柵や水飲み用の水桶?や、わくわくファームの看板などもみんでトンカチやノコギリを握って作り上げたそうです。

子どもの村の子どもたちはトンカチやノコギリをとてもじょうずに使うんですよー

一年生の頃から普通に使わせますからね。

 

そういえば、そらさんがある日こんなことを言っていて面白かったな。

 

「ママ、今週は羊の水飲み桶と柵を作ったんだけど、3時間くらいずっとノコギリやってたんだよ!すっごい疲れたよぉーー!」

 

この「3時間くらい」は怪しい数字ですが(多分すごく長かったってことを言っているんだと思います。笑)、とにかくずっとノコギリを使って作り続けていたそうです。

すごいなぁ。

小学校の授業で3時間くらい(笑)ずっとノコギリ使ってるってすごいと思いません?

 

柵や水桶を作るには計算が必要です。

どのくらいの木材で、何本くらいの釘が必要で、どのくらいの大きさにするのか。

それをやりながら、考えながら、学んでいく。

羊を飼うには何が必要で、羊とはどんな生態なのかを知らなければなりません。

知っていく過程で『羊』という漢字も覚えるのでしょう。

 

私は『学ぶ』ってこういうことなんじゃないのかなぁ、と常々思います。

時には暗記も必要でしょう。

でも必要だったらやりますよね。

 

そらさんは3年生ですが九九が言えません。

教えてもらってないからですし、教えていないということは必要ないと判断しているのでしょう。

ですが、掛け算の意味は知っています。

そして時間はかかりますが掛け算ができます。

 

そらさんはめちゃくちゃ漢字が読めます。

書き順は怪しいですが(笑)書くこともまぁまぁできる。

学校でどれくらい教えてもらっているかわかりませんが、彼女が漢字やいろんな言葉の表現を覚えているのは漫画やyouytubeからです。

もちろん学校で教えてもらっていることとつながるから覚えるのでしょう。

 

最近よくこんなことを思います。

 

『学校ってなんなんだろ?』

 

そらさんがあまりにも「学校やだなぁ…」と呟くので、月曜日の朝、こんなことを私は言いました。

 

「そらちゃんがほんとにほんとに嫌で行きたくないならちゃんと言ってね。」

 

と。

もちろん笑顔で。

嫌味でもなんでもなく、本心から言いました。

 

するとそらさんからこんな答えが返ってきました。

 

「でもどうせ言ったって行かなきゃダメでしょ?」

 

私はこんな答えが返ってくるとは思わなかったので驚きました。

諦めているんだなぁ、と少し悲しい気持ちになりました。

 

「そんなことないよ。ほんとにそらちゃんが行きたくないなら辞めてもいいんだよ。

そしたらパパとママもどうしたらいいか真剣に考えるよ。そらちゃんにとって一番いい方法は何かなぁーって真剣に一緒に考えるよ。」

 

私はそらさんの顔をちゃんと見て、伝えました。

 

「だから言ってね。1人で考えて、1人で勝手にあきらめないでね。いつだってパパとママはそらちゃんの味方だよ。まぁ、頼りないかもしれないけどね。(;'∀')あはは。」

 

そらさんは私の方をジッと見た後、こんなことを言いました。

 

「ママは頼りなくないよ。それにさ…そんなに行きたくない!と思ってるわけじゃないんだよ…。ちょっと寮がいやだなぁと思ってるだけなんだよ。だから大丈夫!」

 

そらさんは私に抱き着き、「ママ大好き!」と言い、そして楽しそうに特急電車に乗り込んだのでした。

 

いつも特急電車に乗り込んだそらさんの様子を出発まで窓越しに観察するのですが、

すぐに学校用の顔に変わっていて楽しそうにお友達とお話ししていました( *´艸`)

 

これはあれですね。

 

すでにお家用のそらさんと学校用のそらさんの顔があって、チェンジする時がいちばんめんどくさく感じるってやつですね。

でも行ってしまえばもう楽しい。

これかな。

もちろん夜目が覚めて淋しい思いをしているのは事実なのでしょう。

1年生のころから寮生活をしているこの学校の子たちはほんとにすごいと思います。

とても逞しいです。

でもきっと楽しい時間がたくさんあるんだろうな。

 

私は子育てができない頼りない母親ですが、彼女の毎日が幸せだったらいいなぁと心から望んでいます。

 

最後に、子どもの村学校の理事長(創設者です)堀さんの言葉を載せておきますね。

素晴らしいので読んでみて下さい。

 

ニイルも書いている。(ニイルとは堀さんが感銘を受けた教育者さんです)

「生きることに特別の目的はない。人生の目的は生きることそのことである。」

現実が存在するという不条理の中の有限な自分自身を受容して、存分に生きるための準備する施設、それが学校だ。

 

本性に従って存分に生きる人への成長の準備とは何か。

 

毎日が楽しい、

なんだか笑えてくる、

早く明日にならないかなぁ、

 

と実感して生きる子ども時代ではないだろうか。

 

最高。

 

さて。

今日もニコニコ笑顔で帰ってくるであろうそらさんを迎えに行ってきます。

きっといろんなエピソードのお土産話しがたくさんあるんでしょう。

楽しみです。

 

そらさんはすくすく育ってますよー

 

誰が育てたんだろ?

不思議だなぁ。

 

ではまた。

 

私が私を決めつけていることにどれだけ気づけるかのゲーム。ぶち壊し続けるとどうなるだろう?

お久しぶりです!

もう9月?嘘?!嘘だと言ってくれ!!

と言っても誰も嘘だとは言ってくれないのですよね。

だってほんとのことだからね。泣

 

あー

夏が行っちゃったなぁ。

いつだってなんだってすぐに過ぎ去っちゃうんだけどね。

朝の陽ざしも風も空気も『秋』ですね。

まぁ『秋』なんてどこを探してもないんですけどね。

確固たる『秋』なんてどこにもないんだよね。

 

今日はめちゃくちゃまとまりのない話しです。

長いから読まない方がいいよ。笑

それにめちゃくちゃめんどくさい記事だよ。

この女めんどくせー!って思うから、読まない方がいいよ。

正直に書いてるだけだけどね。

読む?

まぁよかったら読んでいってよ。

読んで文句いわないでよ。

ちゃんと断ったんだからさ。

いい?

 

 

さて、今私は動き始めています。

ずっと土の中でもごもごぐずぐずしていたようなここ数年間だったのだけれど、ぼこっと土の中から頭をやっと出せたような、そんな感覚でいます。

まだ頭を出したばっかりなので、きょろきょろと辺りを見回しているくらいのものですが。

頭を出すだけでもとてもエネルギーが必要で、そしてこれは意図してできるものではないのだなぁと改めてひしひしと感じています。

「頭出したいなぁ。いつまでもしゃがんでいないで立ち上がりたいなぁ。」ともにょもにょと思っていたことがよかったのかもしれなけれど、立ち上がる時のタイミングは自分でコントロールなんてできないんだとつくづく感じているところです。

だって、もにょもにょしていた時だって自分では立ち上がっていたつもりだったのだから。

「よいしょ!!」ってやっているつもりだったんですよ。

「おりゃーーー!!!」ってめっちゃやってるつもりだったの。

でも結局掛け声と気合だけだったって感じ。笑

掛け声と気合はすごいのに気づいたらしゃがんだままだったっていうのが今はわかる。

滑稽で可愛いなぁ。

 

さてさて。

こっからどうするか?なんだよね。

今、実際に怖気づいてる自分がいる(ような気がする)のです。

頭は出したものの、こりゃ大変なことをしてしまった…という焦りと恐怖心が襲ってくるわけ。

ひょこっと頭をまたひっこめることだってできるし、また土の中でもにょもにょぬくぬく暮らすことだってやろうと思えばできる。

だってそれのほうが安全なような気がするんだもん。

もにょもにょぬくぬくが悪いわけじゃない。

それだっていいよね。

土の中で丸まってぬくぬくしてるのだっていいよね。

 

でもさ…。

 

そう、これ。

『でもさ』って口にでてしまうコレなんだよね。

怖いし怖気づいちゃうし焦るしめんどくさいし「やっべー!」って思うけど、頭出しちゃったんだよ。

動きたい!って勝手に身体が動いちゃったんだよ。

あー怖い。

あーめんどくさい。

あー嫌なこともたくさんだ。

あーカッコ悪いこともいっぱいやらなきゃなんだろうなぁ。

 

でも身体がやめないなら従うしかないんだ。

 

どんなにすごいと感じる人だって、目の前のことをこつこつやった結果がそれなんだ。

と常に自分に言い聞かす。

そして自分のその姿をじっと観察する。

じっと観察しているソレをまたじっと観る。

じっと観察しているソレをじっと観ているソレをまたじっと観る…(←どこまで増えるかやると行きつくところがあるんだよね。)

これを繰り返していると、焦りと不安と怖気づく感覚が薄らぐ。

なくならないけどとても曖昧なものになるんだよね。

焦りと不安と怖気づいている自分がとても小さい、『私』という感覚のほんの一部でしかないとわかるから。

焦りや不安や怖気づいている感じがなくならないところがミソなのよ。

これを感じたまま、身体が動く方向に身を任せる。

動いちゃう方向にいくわけ。

「無計画だ!」とか「無鉄砲すぎる!」とか「やっぱり浅はかな奴なんだな!」とか「考えが幼稚だぞ!」とか「常識的じゃない!」とか「大人げなさすぎる!」とか「お前には無理だって。」とか「お前にできるわけがない。」とか、頭の中の自分がいろいろいろいろごちゃごちゃ言ったりするんですよ。

言いません?

私の頭の中の誰かはめっちゃ言います。

いつでも言います。

これがまたうるさいんだ。

この声を聞きながら、そう、音楽でも聞き流しているような感覚で身体が動く方向に身を任せる。

「怖い怖い怖い…」という声を聞きながら、鼻歌を歌って身体の動く方向に身を任せるのです。

「めんどくさいよぉ。こんなことやって何になるのぉ?」という声を音楽を聞いているように聞き流しながら、手と身体を動かす。

 

私の毎日はこんな感じです。

 

表面的にみたらただパソコンを打っているだけだったり、もくもくと何かの作業をしているだけのように見えると思います。

でも私は毎日毎日自分を裏切り続けています。

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いつぞやの江の島。ガラガラだったよ。

 

「自分を信じる」って言葉があるでしょ?

この言葉好きな女子たくさんいるよね。

私も好きだよ。この言葉。

でもさ、まず自分が思っている自分って何か?を考えてみるほうがいいよね。

自分を信じなきゃ!って力んだって仕方がないし、逆に作用すると「自分を信じられない自分はだめだ…」とか意味がわかんない自虐になる可能性あるからね。

(やったことあるでしょ?私はあるよ。笑)

 

まずは私が思っている私というイメージと思い込みに気付こう。

それからそこを疑ってみよう。

そしてその思い込みを裏切っていく。

裏切り続けていくの。

頭の中の声を聞き流す癖をつけるんだよ。

「自分を信じよう。」の『自分』って誰?

どこにいる?

どれのこと?

どれだと思ってる?

 

私は私を信じない。

私は私を信じながら信じないよ。

決め付けんじゃねー!!っていつもいつも反抗してる。

いつだって「そんなのわかんないじゃん。」って思うんだ。

 

私は亮一さんのことが大好きなんだけど、亮一さんの「俺が俺につかまってたまるか」みたいなところが大好きなんだ。

だから私も亮一さんを決めつけたくないし、いつだって「へー!亮一さんってこんなところもあるんだぁー」って発見がある。

知り合ってから14年くらい?経つと思うんだけど(もっと経つかな?)、その新鮮な発見は今もなお続いているんだ。

それは私が私の知らない面を日々発見しているのと同じことなんだよね。

 

私は占いが好きな方なんだけど、自分から占いの結果を聞いておいて「うるせー!決め付けんじゃねーよ!」とか思う時がある。

もうどうしようもなくめんどくさい奴だね。笑

自分から占ってもらいにいって「うるせーな!!」ってなんなんだよ。笑

ほんとわけわかんない。

 

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ぶははははは!この亮一さん最高だな。もちろんやったのは私。笑

 

話しは変わって。

最近特に強く、『反省』とか『自己嫌悪』って自分をごまかすのにうってつけの方法だなって感じるのです。

『反省』って一見いい事のように感じません?

反省しなきゃ!なんて思ったことありませんか?

私は何度も何度もあります。

じゃあ『自己嫌悪』に陥ったことは?

私は何度も何度も何度も…数えきれないほどあります。

これ、めちゃくちゃ「何様?」って感じに思えてね。

「自己嫌悪?は?何様?」って感じね。

「反省?は?反省するほどの奴ですか?何様?」って感じ。

自分がどんなやつかも知らないし、自分ってどこにいるかもわからないのに『自己嫌悪』とか『反省』とかなんなん?って思うのよ。

ただの茶番にしか感じないし、どことなく気持ち悪いのです。

『反省』している自分に満足しようとしているような違和感。

『自己嫌悪』に陥っていることで何かをごまかそうとしているような気持ち悪さ。

自分を綺麗にしておきたいためにする行為のような感じがするのです。

 

私は私をもうとことんどうしようもない情けないちっぽけな存在だと認めたい。

どこにでもいるどうともない存在だとちゃんと肚から認めたいのです。

私は私を反省することも許されない、自己嫌悪に陥ることも許されない、どうしようもないやつなんだときちんと認めたいのです。

これ、自虐に聞こえるでしょ?

違うんですよ。

自虐でもなんでもないんです。

どこまでいっても自分は特別な存在だと思いたい自分がいるんです。

これが嫌なんです。

何もわかっちゃいないのに、すぐにわかったようなふりをするこれ。

すぐに「私って~」と個人になろうとするこれ。

どうしようもねーな。笑

 

決め付けられたくないのに、すぐに決めつけたくなるこれ。

決め付けられることなんて何もないのに、決めつけないと安心しないこれ。

どこまでいってもどうしようもねーな。笑

 

あなたは特別な存在です。なんて言われると嬉しいよね。

かつての私もそうでした。

スピかじりかけの若かりし頃なんてそりゃそんな言葉が大好きで、起こる出来事には全て意味があるんだ!なんて思っちゃったりして。

 

全てがストーリー。

全てが茶番。

全てが幻想。

 

意味づけは自分でするんだよ。自分でしてるんだよ。

どうやって意味づけしたっていいんだよ。

ただの後から付けた意味だからね。

ただ起こることが起こってるだけなんだから。

それから「みんな特別」なんだよ。

てことはだよ、みんなちっぽけでどうってことないってことだよ。

特別な誰かがいるんじゃないんだよ。

特別じゃなきゃいけないわけじゃないんだよ。

どうってことなくてちっぽけであるってことを認めないと、特別であるってことも認められないんだよ。

 

私は私がした意味づけなんて信じない。

すぐ疑うよ。

すぐにあーだこーだ言い訳してごまかしてスッキリしたくなる自分をとっつかまえて「気持ち悪いままでここにいろ!」って言うんだ。

この気持ち悪さを感じることが「生きる」ってことだろ?おおん?とすごむんだ。

 

私には嫌いな言葉があるんだ。

それはね「後悔したくないんです!」ってやつ。

この言葉はとても胸糞悪い。(言葉が汚い。笑)

これはもちろん聞き方にもよるけれど「ポジティブしかほしくないんです!」と言っているように聞こえるのです。今の私には。

どちらかというと「後悔したっていいや。」の方が好き。

これには覚悟があるように聞こえるんだ。もちろん今の私には、だけどね。

「後悔も私の人生に起こった事だから引き受けます。」と言っているように聞こえるんだよね。

ところで「後悔」ってなんだろうね。

後で悔やむ?

それもいいじゃんね。

嫌だけどいいじゃん。

胸をかきむしりたくなるような後悔。

あるよね。

私にもあるよ。

もうほとんど忘れてるけど。

「後悔したくないんです!だからやります!」っていい感じに聞こえる言葉だよね。

なんか前向きで勇気があってカッコいい!なんて思われがちじゃない?

私には固く聞こえるんだ。

小さく固くなっているイメージ。

『頑な』って感じかな。

そう。

『怖がっている』ように感じるんだ。

 

肩に力が入っていると何ごともうまくまわらない。

なによりも空気が悪くなるし、一緒にいる人の居心地が悪い。

少なくとも私は肩に力が入っている人と長時間一緒にいたいとは思わない。

私は長年ずーーーーっと肩に力が入ったまま生きていたからよくわかるんだ。

今だって力はいるよ。

すぐ抜こうとするし、抜き方もなんとなくわかってきたけれど。

 

何が言いたかったかというとね、私は私をぶち壊し続けているよってこと。

わかったふりはしたくないってこと。

なんもわかんないまま生きてるんだってことを常に正直に観ていこうとしているよってこと。

私はとてつもなくどうしようもないわからんちんなヤツなんだってことを肚から認めたいけどなかなか認められないんだよってこと。

承認欲求はどこまでいってもなくならないんだけど、「承認欲求なんてクソくらえー!」ってあがくときがたくさんあるよってこと。

綺麗な言葉を並べ立てて生きていくなんてつまらんし気持ち悪すぎる!と思っているってこと。

 

これ、やり続けたらどうなる?って観てるんだ。

未来に期待しちゃったりもするけれど、なるべく期待している自分に気付くようにして「ぶふふ。また期待してらー。ほんとにどうしようもねーなぁ。」って笑うようにしてるんだ。

 

毎日が冒険で修行です。笑

 

あーあ

生きるって大変だなぁ。

めんどくさいなぁ。

でもしょうがないね。

だったらできるだけ決めつけないで毎日自分をぶち壊していこう。

よくよく観ていったらどこにも自分なんて見当たらないんだからさ。

 

最期まで読んでくれたんですか?

あらー

ありがとうございます。

嬉しいです。

 

今日も生きましょう。

 

ではまた。

 

 

45歳になりました。お誕生日が嬉しいです。

今日は私の誕生日です。

 

8月12日。

幼いころから8と12という数字が大好きで、私の誕生日いいなーって思ってたんです。

だんだん自分のことが大嫌いになっていった10代20代ですが、自分のことが大嫌いだったのにこの8月12日という日付だけはずっと大好き。

なんでしょうね。これ。

 

おとといだったかな?

朝シャワーを浴びようとしてパジャマを脱いでいる時、ふと「あー私、45歳になるのかぁ」と思ったんです。

で、その時に33歳か34歳の時に縁あって読むことができた『アガスティアの葉の予言』の文章を思い出したんだ。

 

アガスティアの葉のことを知りたい方はこちらの本をぜひ。↓↓↓

アガスティアの葉[完全版]―未来のゆくえ、それは運命か、それとも自由意志か | 青山 圭秀 |本 | 通販 | Amazon

 

当時の体験としては自分の葉っぱがあったこと自体が驚きで、とても楽しい体験だったのだけれど、その中の一節が頭をよぎったのです。

その一節がこちら。↓

 

45歳から46歳にかけて、病名のわからない体調不良に悩まされる。

手術になるかもしれない。

それは家庭のストレスによるものだ。

 

当時33歳か34歳の私は約10年後の未来を心配し、憂いていました。

「だいじょうぶかなぁ。嫌だなぁ。」と。

それからも私はちょくちょくこの一節を思い出しては「あーほんとだったら嫌だなぁ。」と思っていました。

でもここ最近、この一節が頭をよぎることがあっても「まぁそうなったらそうなった時だな。」と空を仰ぐことが増えました。

 

で、一昨日。

「45歳になるんだなぁ。」の後、上記の一節がよぎったのですがこれまた不思議な感覚でした。

 

そういえば、アガスティアさんが45歳から46歳の間に病気するって書いてたなぁ。

あれ?

でもこの記憶って“今”私が思っていることなんだよなぁ。

“今”“コレ”が起こっているんだよな。

『私の中に過去の記憶がずっと有る』ような気がするけれど、これは“今”湧き起こっていることで、過去なんてもうどこにもないんだなぁ。

ほんとうに“今”“今”“今”の連続なんだなぁ

 

これです。

この感覚が私に湧きおこりました。

すると最近感じていた「まぁそうなったらそうなった時だな。」という想いすら湧かず、「あはは。へぇー。」というただの笑いだけが起こりました。

 

何言っているかわかんないですよね。

いつだって“今”の“体験”しかない。

過去の記憶だって“今”湧き上がっているんだ。

過去なんてどこにもない。

“今”、『記憶と呼ばれている何か』が立ち上がっているだけなんだ。

ってことを「あはは。そーなんだぁー。」と観ていた、って話しです。

 

だからなんだよって感じですが、そこには心配も憂いも、開き直りすらないんです。

 

そして私は今日45歳になりました。

ずっと私は私のままです。

生まれたときからずっと“私”という感覚は変わらないままです。

目の前の景色、身体や声、髪の色、思い浮かぶ考えや語彙の多さ、そして経験は移り変わったり増えたり減ったりしている(ように感じる)けれど、“私”という感覚はずっとかわらないままです。

 

12歳のころも45歳の今も“私”という感覚はかわらないまま。

 

不思議だなぁ。

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亮一さんが作ってくれたバナナ入りプロテイン。最近プロテイン飲んでます。

 

昨日、最愛の亮一さんとこんな会話をしました。

 

私「私はお金を稼ぎたいんだよぉー。お金を増やしたいんだよぉー。だから出来ることをする!」(←欲望に忠実な私です。)

亮一さん「それはいいね!でもそれと『幸せ』とは全く関係がないんだけどね。

私「そのとおりだね!おっしゃるとおりです!」

 

先日はこんな話しをしました。

 

私「私は物書きになりたいんだよぉー!もっと文章を書いて発表したいし評価もされたんだよぉー!だから今できることをやる!私、書く!」(←自分の欲望に正直です。私。)

亮一さん「うん!それはいいね!やった方がいいよ!ただ、それと『幸せ』とは全く関係ないんだよね。

私「…おっしゃるとおりです!!ほんとにそのとおり!」

 

 

ずっと変わらない“私”という感覚。

その“私”の目の前をあらゆることが通り過ぎていく。

未来に思いを馳せる時だって、それは“今”だ。

過去を憂う時だって、それは“今現在”起こっている経験。

 

そこに気付いているかいないか。

ただそれだけなんだよね。

 

今、私はパソコンのキーボードをカタカタと叩いているのだけれど、この指先に感じる質感と温度と音に意識を向けると、不思議なことに開けていく感じがある。

エアコンの音、扇風機のそよそよとした風、窓の外から聞こえる(ような気がする)風の音。

そこに意識を向けると、“私”が広がっていく感じがするんです。

 

 

先ほど、大好きなお友達からこんなLINEをもらいました。

 

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グループ名が…。笑

それはさておき。

 

ポコッと産まれてきてくれてありがとうございます♡

 

って、なんかいいなぁと思ったんだ。

なぜかわからないけれど、ポコッと産まれてきてしまった(ような気がする)ので、死ぬまで生きたいと思います。

 

で、次にきたLINE、これ。

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おい。笑

 

なぜか派手顔でポコッと産まれてきてしまった(ような気がする)ので、不本意ながら派手顔のまま死ぬまで生きたいと思います!

 

 

今年のお誕生日も最高です。

なんだか「わー!なんかわかんないけど嬉しい!!」とぴょんぴょんジャンプしたくなるほど最高です。

ありがとう。

 

夏だね。

 

暑さを存分に感じて「暑いー!暑いよぉ~!」と文句を言いながら過ごそう。

笑って文句を言いながら過ごそう。

 

みなさんありがとう。

 

ではまた。

 

 

 

 

たっだいまーー!

みなさんお久しぶりです!

って、読んでくれる人そんなにいないだろうけど。笑

今これを読んでくださっているあなた!ありがとう!!すごい!!

やっとこのブログを再開する気になったので、今キーボードをカタカタ叩いています。

さっき見直してみたんだけど、最後のブログ記事が年明けでびっくりした。

もう8月じゃん!

7ヶ月も更新してなかったんだ!!

こんなに更新してなかったブログを開いてくださってありがとうございます。

これからまたぼちぼち書いていこうと思います。

 

えーと…

と、ここまで書いたはいいんだけど、長く空けすぎて何から書いたらいいか…

 

あ、そうだ。

Facebookでつながっている方たちはもうご存知かと思いますが、2月?から?だったかな?私の大好きなお友達が立ち上げた出版社、蓮華舎さんのニュースレターで月一連載をさせて頂いています。

タイトルは『子育てなんてできない!』

素晴らしいタイトルです。

これはお友達で舎長(社長)のおーちゃんが考えてくれたタイトルで、めちゃくちゃ気に入ってます。

よかったら読んでみてくださいね。できたら最初から!↓↓↓

padmapublishing.hatenablog.com

 

 

あと、先日からnoteでこんなことをやり始めました。

note.com

長年重度の摂食障害を患っていた私。

もう症状がでなくなって10年以上が経ちます。

でも、どうして症状がでなくなったのか明確な理由がわからないままです。

(なんとなくはわかっているんだけどね。)

それを探るべく、そして過去の自分の鎮魂の意をこめて、過去の私に今の私がお手紙を書くというスタイルをとっています。

③まで書いているのでよかったら読んでみて下さい。

 

もうね、書いてて泣ける泣ける。

あと、不思議なことに「書こう!」と思うとすーーっかり忘れていたエピソードをグワーッと思い出したりして面白いんです。

当時のことを思い出している時は胸が痛んだり苦しく感じたりもするんだけど、それをも含めてめちゃくちゃ愛しく感じたり。

どこまで続けられるかわからないし、これがどこに向かっているかも全くわからないんだけど、楽しんで書いていきたいなぁと思ってるんだ。

読んでくれたら嬉しいです。

 

さて。

ただいまそらさん(9歳になりました!)絶賛夏休み中。

そらさんが通っている学校の夏休みは7月26日から8月23日まで。

例年よりちょっとだけ短くなった感じかな。(10日間か。)

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最近のそらさん。可愛いが過ぎる。

 

今週の頭には学校のお友達が3人も家にお泊りに来てくれて大盛り上がり。

にぎやかだったなぁ。

とても元気に、そしてますます素敵な子になっていますよ。←相変わらず親バカ全開。

そうそう。

明日は天太さんの命日なので、みんなでお墓参りに行った後お食事に行く予定。

8月8日は天太さんの命日なんだよねー。

いい日に亡くなったなぁ。

あ、なんかいろいろ思い出してきた。

この日のエピソードを絡めて蓮華舎さんのニュースレターに書くので、よかったらどうぞ。

 

そして愛する亮一さん。

にわーしをぼちぼち続けています。

元気ですよ。

そして私は亮一さんをますます愛してますよ。

それからこれ。↓↓↓

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スパイスカレーーー!!!!

 

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スパーーイスカレーーーーー!!!!

 

これ全部亮一さんが作ったんです!!

すごくないですか?

彼は数年前までお料理がまったく出来なかったのにこれですよ!

これがまためーーーーーっちゃ美味しいの。

ほんっとに美味しいの!!

リクエストがあった時だけ不定期で『亮一さんカレーの会』を開いたりしています。( *´艸`)

いろんな人に食べてもらいたい!

この美味いカレーを!

めきめきと腕をあげております!!

しかも作ってる姿が楽しそうなんだ。

これ、重要だよね。

 

私はー

えーっと、

ますます自分に正直になろうと生きています。

ん?と引っかかった違和感や、胸のモヤモヤをごまかさないようにして、なるべく感じるようにしています。

すぐに答えを出そうとしている時にはそこに気付き、じーーっと観察する癖をつけています。

動き出そうとしている時にはそれが焦りからや恐怖からではないか?をちゃんと観ようとしています。

焦りや恐怖から動いたっていいけれど、気づいているか気付いていないかは大きな違いだと感じています。

なるべくスッキリとした勘で動こうとしています。

なるべくまっさらでいたいと思っています。

外すことがなかなか難しい色眼鏡の色をなるべく薄くしようとしています。

もしくは色眼鏡の色は何色か?を知ろうとしています。

いつも視点を増やそうと思っています。

一方向だけで観ていないか、もっといろんな角度、距離、高さ、から観たらどうだろう?と気付いていたいと思いながら生きています。

赦しとは何か?と問いを立てています。

生きるってどういうことなのか?という問いも立てています。

私はどこにいるのか?いないのか?と問うてます。

 

そんな感じです。

相変わらず生産性のない事ばかりやっていますが、これでいいのだ。とのんびりつぶやいてみたりしています。

 

そんな藤山家です。

 

またよかったらここで私たちのことを知っていってくれたら嬉しいです。

また書くぞーー。

 

では今日はこの辺で。

また!

読んでくれてありがとうーーー!

 

 

おめでとう!と私は言うよ。だって言いたいんだもん。

 

あけましておめでとうございます!!

新年が始まりましたね。

昨年の一月に父親が亡くなったのでどうやら世間的には『喪中』らしく、「おめでとう」と言ってはいけない、初詣には行ってはいけない、などの“決まりごとらしきもの”があるようですね。

まぁ元来私は不束者でフシダラ者なのでそこは全然気にしていません。

年賀状も普通に届いていますしね。

(喪中ハガキを出していませんので。)

あ、どうでもいい話しですが藤山家は年賀状を出していないので来る枚数はめちゃくちゃ少ないです。

 

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新年一発目の亮一さんが淹れてくれためちゃくちゃ美味い珈琲。年明けから幸せだな。

 

どうして喪中だと「あけましておめでとう」と言ってはいけないのかな。

『故人を悼む(いたむ)』とか『故人を偲ぶ(しのぶ)』って、「あけましておめでとう」と関係あるのでしょうか?

もちろん「言われたら傷つく!」という人に対して言うつもりはないのですが、私は父が亡くなったけれど言いたいです。

そして言われても全く気にしません。というか、むしろ「おめでとーーー!!」と喜んで返します。

 

昨年からこんなことをつらつらと考えていたのですが、きっかけは母からのこんな言葉からでした。

 

「年明けは『こんにちわー』って言いながら家にくるのよ。『おめでとう』は言っちゃダメなんだからね!喪中なんだから。わかった?言える?『こんにちわー』って言えるでしょ?ん?」

 

めちゃくちゃふざけた母親です。

44歳になった娘に「こんにちわってちゃんと言えるでしょ?」と聞くのですから。

私はそんなふざけた母親にこう答えました。

 

「言えるかなぁ。不安だなぁ。」と。笑

 

まぁそんなこんなで「おめでとう」と「喪中」と「故人を悼む(いたむ)」と「故人を偲ぶ(しのぶ)」についてつらつらと考えはじめたんだけど、まず「悼む(いたむ)」と「偲ぶ(しのぶ)」の意味の違いって知ってました?

私は知りませんでした。

なので調べたよ。

 

「悼む」の意味は「人の死を悲しみ嘆くこと」です。 人が亡くなったことを悔やむ、自分の心が痛むといったように人の死を嘆き悲しむ行為そのものを表します。 亡くなった人との思い出を心の中で思い出すことや、安らかな眠りを祈る思いを「悼む」と言います。

 

「悼む」は亡くなった人を思ったり、悔やむときに使います。

 

「偲ぶ」の意味は、 ・過ぎ去ったこと、離れている人のことなどをひそかに思い慕うこと ・心惹かれて(見えないところなどに)思いを馳せること ・賞美する です。  過ぎ去ったり遠く離れたりしたことや人を、懐かしむ気持ちや賞賛の気持ちを持って思い出すことを表します。

 

「悼む」は「人の死を悲しみ嘆くこと」 「偲ぶ」は「過ぎ去った時間や、遠く離れた場所や人をひそかに思い慕うこと」 「故人を悼む」は、ある人が亡くなってから悲しみ嘆くことを表します。 「故人を偲ぶ」は、ある人が亡くなってからある程度経ったときに懐かしむ気持ちや思い出すことを表します。 また、「悼む」は故人に対してのみ使いますが、「偲ぶ」は故人だけでなく、遠く離れた人や懐かしい人に対しても使うことができます。

 

私は父が亡くなって「悲しみ嘆く」気持ちは一切ありません。

亡くなってからすぐに「偲ぶ(しのぶ)」でした。

 

でね、次に「喪中」と「あけましておめでとう」の関係性についてもちょっと調べてみたんだけれど、もう情報がめちゃくちゃでよく分からない感じでした。(私にとってという意味ですよ。)

 

医療技術が乏しく平均寿命が短かった頃

伝染病などが猛威を奮っていた背景から

死=穢れ神道では考えられ恐れられていました。

 

死は伝染するという考え方があったために

忌中や喪中が定められたと言われています。

 

誤解している方もいますが

仏教においては死=穢れとは捉えられていません。

死後の魂は極楽浄土へ向かうか輪廻転生を果たすので

死を忌み嫌ったりしないのです。

 

 

 

まず、『死』を穢れ(けがれ)としている時点で「???」です。

もちろん当時は伝染病も神の仕業のように感じただろうし、「死は伝染する」と考えてしまっても仕方がなかったのかもしれない。

で、神道では一年喪に服せば死者の穢れがなくなるとされているんだってさ。

どーゆーことだ?!

なぜ一年?!

 

ちょっと調べただけで「はて?」と思うことがたくさん出てくるのに、なんの疑問も持たずに「おめでとうは言っちゃいけないんだよぉ~」とか「年賀状は出しちゃダメなんだよぉ~」とか言ってるのってなんか変だよなぁと思うのですよ。

 

『死』は『穢れ』なのでしょうか。

 

まずそこからだよなぁとかめんどくさい私は思ってしまうのです。

 

親族が亡くなる。→親族だから穢れる。→一年喪に服す。→穢れがなくなる。→やっと普通に戻れる。

 

…ってなんやねーーーーん!!

 

私は父親が亡くなったけど穢れてないよ。

だから一年も喪に服す必要がないし、穢れをとる必要がないんだ。

もともと穢れてないもん。

 

 

だから私は盛大に言います。

 

あけましておめでとーーー!!!

めでたい!!

今年も愛でたい!!

 

今年も私は「なんでだろ?」や「おかしいなぁ」と思うことに正直に向き合っていきたいし、それで?私はどう感じてる?を知っていきたいなぁと思います。

「常識」とよばれている事柄を真っ向から否定するのではなく、「ん?なんだ?これ?」という視点で観て、そして私は何を感じるかを知っていきたい。

そんなことを感じた年末と新年でした。

 

今年も自分に正直に。

ごまかさずに生きていきたい。

いつだって丸裸になれるようでいたいです。

 

あなたはどんな新年を迎えましたか?

今年も素敵な年になりますように。

どうぞ今年もよろしくお願いいたします!!

 

 

 

 

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藤山家はポカポカで身体がホッとゆるみますよ。

 

 

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施術&お話し 2時間

・施術は服の上から行う整体のようなものです。

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料金  2時間 12000円(当日現金でお願いします。)

 

場所 横浜にある藤山家にて

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リンゴを薄い塩水に浸ける私が気付いたことはこんなに素敵なことでした。

 

亮一さんがインド旅から帰ってきてもうすぐ2週間になります。

元気に無事に帰ってきてくれました。

亮一さんの旅のあれこれや、私の毎日のあれこれをブログに綴ろうとしていたのですが、なんだか書けない毎日を過ごしておりました。

で、今やっと書きたくなってキーボードを打っているのだけれど

「やっぱりいいなぁ」と感じております。

私はこうやって文章を綴っている時間が好きです。

カチャカチャとキーボードを打っていると凪いでくる。

わちゃわちゃとしていた思考がスーッと凪いでくる。

この時間がたまらなく好きだなぁと改めて感じています。

こうやって自分の『好き』を確認する時間って大事だよなぁ。

 

さて。

旅から帰ってきた亮一さんが素敵なブログを書いてくれました。

私たち夫婦がno-teでやっている夫婦ブログをまだ読んでいらっしゃらない方はぜひ。

ぜひぜひ。亮一さんの綴る文章はとてもいいですから。↓↓↓

note.com

 

旅から帰って来た亮一さんはなんだか大きいです。

“場”がデカいんです。

ますます変人っぷりに拍車がかかり、ますます素敵です。

インドという国ははかりしれないなぁとよく思うようになりました。

私も行ってみたい。

 

さて、話しはガラリと変わります。

今藤山家には冬休みに入ったこの方が毎日いらっしゃいます。↓↓

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ヤバい…。激かわいい…。

 

我らがそらさん(娘8歳。身悶える。)。

そらさんは夏休みや冬休みの長期のお休みの時に近所の公立学校の学童的な場所にお世話になっています。(横浜市ではキッズとよばれている子どもを預かってくれる場所があるのです。)

数日前、私はキッズに行くそらさんの為にお弁当を作っていました。

そらさんはお弁当の時にデザートがないと嫌だと言います。

 

「ママ!レザートいれた?!」と。

 

そらさんは『デザート』をずっと『レザート』だと思っているのでこう言います。

私はそんなそらさんが可愛いので絶対に訂正しません。笑

「レザート入れたよ。」と真剣な顔でいつも答えます。

 

数日前のお弁当作りの時、私はレザートを準備しておくのをすっかり忘れていました。

何かなかったかなぁとキッチンをゴソゴソ探していると、1つのリンゴを発見しました。

でも私はお弁当のレザートに(←もういいか。)リンゴを入れることが好きではありません。

なぜならリンゴの色が茶色に変色するかもしれないからです。

 

「リンゴかぁ…。どうしよっかなぁ…。」

 

美味しそうな真っ赤なリンゴをジッと見ながら私は考えました。

なるべく変色しないようにするための方法は知っています。

切ったリンゴをしばらく塩水に浸けておくのです。

そうすると酸化を少し防ぐことができて茶色く変色することを少しだけ防げます。

でも私は頭の中でこう呟いていました。

 

「うーん…どうしよっかなぁ…」

 

なぜなら私は塩水に浸けたリンゴが嫌いだからです。

 

私はこの時過去のことを思い出していました。

私の母親はよくお弁当にリンゴを入れてくれました。

うさぎの形に切ったものや、小さく食べやすく切ったものを。

そしてそのリンゴがもれなく塩水に浸けてあったのです。

 

「もー!お母さん!!リンゴをなんで塩水に浸けるの?!あれ嫌いなの!塩の味がするんだもん!!」

 

私は母親に何度もそう言いました。

でも母親は必ずこう言います。

「えー。だって色が変わっちゃうんだもん。塩水に浸けておけば色が変わらないでしょ?」と。

 

私は当時「色なんか変わったっていいじゃん!」と思っていました。

そんなことより美味しく食べたいんだ!と。

 

私は塩水に浸けたリンゴの味が嫌いです。

変色したっていいじゃん!と思っています。

 

「まぁ…これしかないからしょうがないかぁ…」

 

私は手に持ったリンゴを見つめて呟きました。

そしておもむろに半分に切り、その半分をもう一回半分にしました。

皮をむき、芯を取りました。

それを食べやすい大きさに切りました。

そして小さなボールにお水を入れ、ほんの少しだけ塩を入れました。

私はほんの少しの塩がお水に溶けるように小さなボールにスプーンを入れてぐるぐると書き混ぜました。

さっき食べやすい大きさに切ったリンゴを小さなボールの中にいれました。

 

「少しだけ浸けておこうかな…」

 

私は小さなボールの中のリンゴをジッと見てそう言いました。

 

私は塩水に浸けたリンゴの味が嫌いです。

変色したっていいじゃん!と…

 

…思っていたんです。

 

そんな私が薄い塩水にリンゴを浸けました。

私は私がやっていることに驚き、その心情をじっと観察しました。

そこにはこんな思いがありました。

 

お弁当を食べる時間に茶色く色が変わったリンゴが出てきたらそらさんがガッカリするかもしれないな。

お友達に茶色くなったリンゴを見られたら恥ずかしいって思うかもしれないな。

茶色くなったリンゴを見て「美味しくなさそう…」って思うかもしれないな。

 

だからちょっとだけ塩水に浸けておこう。

 

私は私が一瞬のうちにそんなことを思って薄い塩水を作っていたことに驚いた。

と同時に、もしかしたら私の母親もこんな気持ちだったのかもしれないと思ったのです。

(もしかしたら違うのかもしれないけどね。)

 

「塩水に浸けないでよ!美味しくないからぁ!」と言っていた私。

「でも色が変わっちゃうからぁ…」と少し薄目の塩水に浸けてくれた母。

あんなにリンゴを塩水に浸けないで!と言っていた私が我が子のお弁当にいれるリンゴを薄い塩水に浸けている。

 

私はこの事実に「ふふふ」と笑ってしまった。

 

リンゴを塩水に浸ける。

 

その中に『想い』がつまっている。

その行為の中に『愛』があった。

 

こうやって何十年も経ってわかることがあるのだなぁ。

ほんの些細な行為の中にあるものに。

 

いつだって、どんな瞬間にだって、ざぶざぶと『想い』は溢れているのだなぁ。

 

そんなことを感じたのでした。

 

丁寧に生きるってこういうことなんじゃないかな。とまだまだ未熟で稚拙で不甲斐ない私は思っていたりします。

 

今日も丁寧に生きよう。

すぐに雑になるからね。

 

 

もうすぐ今年が終わりますね。

あなたはどんな時間を過ごしているかな。

焦らずゆっくり丁寧にいこう。

忙しくてもゆっくり丁寧に。

 

最後まで読んでくれてありがとう。

ではまた。

 

 

 

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年末年始、よかったら『自分という愛しい人』を整えに来てください。

藤山家はポカポカで身体がホッとゆるみますよ。

 

 

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