藤山家においでよ

藤山家ってこんなとこです。

子ども村学校の春祭りで大きく頷いたこととやっぱりなぁと思ったこと。②

 

 

さて。

前回の続きです。

 

かとちゃんのお話しね。

 

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ひどく見にくい写真ですいません(;'∀')

 

引き続きニイルさんの言葉。

 

人生についての究極的な回答が見出せない私に、こどもを教育するなどということが許されるだろうか。

私にできるのは、子どものかたわらに立ち、子どもが内から発達する自由を与えることだけである。

 

 至極正直な意見。

人生についての究極的な回答を見いだせている大人がいるのだろうか?

そこに正直になれない大人が押さえつけるようなことをするんじゃないか?と思ったりして。

そして、もし自分なりの究極的な回答が見つかっていたいしても、それが他の人に当てはまるかなんてわからないものだと思う。

 

結局できることなんて「貴方の好きなようにやってみたらいいんじゃないかな?ここで見てるから。」と言ってあげられることくらいだ。

(↑ここが難しいんだよね。)

 

次ね。

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こりゃひどい写真だな。笑

失礼。(;'∀')

 

かとちゃんは「せっかくなので、保護者の方からよくされる質問や相談をまとめてみました。」と言いながら見せてくれたスライド。

 

 

 

 

ゆれる保護者

 

なんというタイトルでしょう。笑

「はいはいはい!」と元気に手を挙げたくなりました。笑

 

ゆれる保護者

 ○ホームシックがひどい

 ○漢字が書けない 読めない 九九がいえない

 ○言葉づかいが悪い

 ○ものを大事にしない

 ○片付けができない

 ○家でゴロゴロして、ゲームをしたり、テレビばかり見ている。

 

むむむー!

これは気になるものばかりだなー。

 

ただ、何が気になるって、かとちゃんがどう答えるのかが一番気になるのです。

 

「まずですね、『ホームシックがひどい』ですね。これはよくされる相談です。」

 

うんうん!わかるわかる!

私も相談したくなったもん!

 

「これですねぇ…まぁ…えーと…まぁね…」

 

さぁ!かとちゃん!

なんていう?

 

 

 

「ほっといてください。」

 

 

 

ぶはははは!

そうきた?!

「ほっといてください」って!

ウケる!

 

この後かとちゃんは、私たち夫婦が「うーーむ。ほんとにそうだなぁ…」とうなることを言いました。

 

「僕が見てきた経験なんですが、えーと、耳が痛い方もいらっしゃるかもしれませんが…。」

 

うんうん。

 

「ホームシックがひどい子、長引く子の特徴として、荷物が多いです。」

 

うひゃーー!!

なんかわかるーー!!

 

「お母さんの方が離れられてないんですね。心配で包んじゃってるような感じなんです。」

 

うむむー。

なるほどー。

 

「お母さんと子どもって最初へその緒でつながってますよね。これはすごい結びつきです。で、これをチョキンと切って産まれてきます。でも、その後もずっと繋がってるんですよね。この繋がりを母親の方が手放さないとホームシックは長引きます。

お母さんの『心配』が子供に伝わってるんですね。」

 

私はそらさんがこの小学校に入った時から、荷物を少なくしようと試みていました。

荷造りをしていると「あーこれもいるかなぁー。あーこれもないとそらが困るかなー。あれーこれも必要かなー。」とどんどん増えるのです。

 

その時、ふと思ったのです。

 

「あれ?これはあんまりよくないんじゃないか。」って。

 

私の心配を押し付けているだけだと気づいた。

もうね、グッとこらえるわけですよ。

これはいらない。これがなくてもなんとかなるだろう。

 

これ、すっごく重要なことだって思ったんです。

『そらが自分でなんとかするだろう』『なんとかなるだろう』って信じて「トンッ」と背中を押すってことなんだと。

これは全部自分の問題。そらさんの問題じゃない。

私が心配を手放せるかどうかでした。

 

で、面白かったのがその他の全ての質問相談の答えが全て

 

 

「ほっといてあげてください」

「大丈夫ですから」

「構わないでください」

「ブレないでください」

 

だったこと。

 

「九九が言えないんです。うん。ほっといてください。」

「片付けができない。うん。大丈夫。あきらめてください。」

「言葉遣いがわるい。そういう時期がある方がいいんです。」

「家でテレビみたりゲームばかりしてる。学校ではちゃんとやってますから、家ではそうさせてあげてください。ほっといてください。」

 

総じて答えはこれでした。

 

「子供には子供の人生があるんです。なので、ほっといて見守ってあげてください。」

 

子どもには子供の人生がある。

親の人生とは関係ないんだ。

私は私の人生を生きる。

亮一さんは亮一さんの人生を生きる。

そらさんはそらさんの人生を生きる。

 

子どもの生きる力や知恵を親の心配で奪わないで。

 

私にはかとちゃんがそう言ってるように聞こえました。

(私の解釈の仕方ですからね。かとちゃんがそう言ったわけではありません。)

 

すんごい良い話し!

これよ!

これを私は私の母親に聞かせたかったのよ!

 

私の母親はとにかく自分に自信がない。

自分に自信がないゆえに、心配をまき散らす。

優しいし、ちゃんと私の話も聞こうとしてくれる親です。

でも、「ちゃんとしなきゃダメよ!」を自分が心配がゆえにまき散らすのです。

 

私はこれに結構苦しめられた。

「7年間の家出」という最大なる反抗で、なんとか私を保ったことを今となっては良かったと思っている。

 

そんな私は数年前まで「お母さんに私のことをわかってもらいたい」なんて思ってたりした。

それは「お父さんにも…」もあるんだけど。

 

でもね、「別にわかってもらわなくていーや。だって関係ないし。それにわかるもんでもないし。お母さんにわかってもらえなくても幸せとは関係ないし。」と気づいた。

拗ねたわけでもなく、ほんとに心から思っているのです。

 

母親と私は別の人間。

違って当たり前だし、お母さんだって迷いながら生きてるんだから。

 

でもさ、やっぱりうずくのです。

「論破したい!」なんて気持ちがムクムクと湧く時があるのです。

 

が…

母親は途中途中寝ておりましたよ…( 一一)

ま、いいんですけど。

 

 

そして春祭りも終わりに近づき、そろそろ帰ろうっかーとそらさんの帰りの会が終わるのを校庭で待っている時。

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隠し撮りしました。笑 隠してないか。

 

「やっぱりお母さんにはわからないやー。」

 

母親がさっきのかとちゃんの話を聞いて思ったことを言い出しました。

 

「ああいう説明を受けてもやっぱりわかんないし、お母さんには納得できないや。」

 

私は別にムッとするでもなく、ただただお母さんが感じたことを知りたかった。

 

「どこが?どのへんが納得できなかった?わかんなかったのかな?」

 

冷静にただ質問をする。

 

「だってぇー、ほとんどほっとくみたいな感じでしょ?そんなのさーマコみたいな子には無理だもん。絶対なんにも出来なくなっちゃうしなんにもやろうとしなくなっちゃうと思うもん。」

 

↑ここにでてくる「マコ」とは私の7つ上の兄です。笑

ほんとに怠け者で、未だに母親に怒られてる甘えんぼ。

そして母親も兄が心配で手放せない対象です。

 

「うーんと…でもさ、それってお母さんの『心配』を言ってるんでしょ?お母さんが心配なだけでしょ?」

 

「いや、そりゃそうなんだけどー…でもやっぱり無理よ。勉強だってやれやれ言わなきゃマコはやらなかったもん。いっぱい言って、それであれだもん。」

 

いやいや…

うーん…

 

「いや、でもね、それだってどこまでいったってお母さんの心配から発してる言葉なんじゃないのかなぁーって話をしてるんだけどさぁ。」

 

「…うーん…そうね。お母さんは言い過ぎだっていつもいわれるのよ。そうなのよねぇ。…でもわかんない!お母さんには理解できなかったもん。」

 

これね。

何を言ってるかわかります?

 

私とはまるで論点が違うんです。

母親は私の意見をわかりたくないんですね。

自分の人生を否定されてると感じてるんですねー。

私はただ、そのお母さんの言葉はどこから発してる言葉なの?と言ってるだけなんです。

 

誰も間違ってたなんて言ってないのに。

 

「まぁでもね、そらも頑張ってるし、パパもママも頑張ってるのはわかったよ。」

 

これが母親の精一杯の理解の示しかたでした。

 

うん。

うん。

 

これだけでもほんとにありがたい。

 

頭ごなしに反対する親じゃなかったのがありがたく感じました。

 

でも…

やっぱりなぁ…とほんの少しがっかりする自分もいるのは事実。

 

そのがっかりは「わかってもらえなかった」のがっかりじゃなくて

「母親自身が自分に自信がないままでいること」にがっかりしたのです。

そして、そういう母親や女性って、めちゃくちゃいっぱいいるんだよなぁとちょっと切なくなったのです。

 

ま、私も人のこと言えないんですけど。笑

 

 

私は母親にわかってもらおうなんて思わないし、人のことなんてわかんないと思ってる。

トラウマが…なんて言ってる場合じゃないんだ。

誰かを変えようなんて無理。

母親にわかってもらえれば幸せになれるなんて思っちゃいけない。

自分で自分のことをわかろうとしてないのに、誰かにわかってもらおうなんておかしな話だよね。

ましてやそんな自分が子供の人生に口出してるヒマなんてないんだ。

自分のことを見ないでいる言い訳に子どもを使ってるだけだ。

 

母親には母親の人生がある。

私には私の人生がある。

夫(亮一さん)には夫の人生がある。

子どもには子どもの人生がある。

 

そしてそれは全てが完璧なんだ。

 

そんなことをつらつらと再確認した春祭りの出来事でした。

 

 

明日はそらさんが帰ってくる日。

今回はどんな顔をみせてくれるかなー?

 

長々と読んで下さってありがとうございます!

 

ではまた。