藤山家においでよ

横浜のパワースポットと化した藤山家。施術、お料理、お話し会などを通じて『幸せに生きる』を実験、研究しています。

私のコト 82

さて、今日も続きいきましょかー!

 

楽しんでます?

 

私は楽しんでます。笑

 

前回はこちら↓

私のコト 81 - 藤山家においでよ

 

 

閉店間際、八尾さんという初めて会うお客さんが来店した。

りおママはかなり上機嫌で私を八尾さんのとなりにつけた。

八尾さんの態度を見て、りおママの期待には応えられそうにないと感じた小娘ゆっきぃ。Tさんも待っていることだし、早く帰りたいと思っていた。

 

 

 

「いやぁ~!!八尾さん!!どうしてはったん?!ほんまにっ!私のことなんて忘れてしまったんやないかと思って寂しかったんやからぁ~!!」

 

全員がやっと席に着き乾杯をすませた後、りおママは八尾さんに軽くタッチしながら言った。

 

「おーおー。ほんまにごめんやでぇ。なんやかやと忙しかったんや。ごめんやでぇ。

これからはまたちょいちょい来られそうなんや。またよろしくやでぇ。」

 

八尾さんはずっとにこやかに笑っている。

目が細く、にこやかな顔をしているとほんとに目がなくなってしまう。

薄い唇の大きな口。

 通った鼻筋。

髪はほとんど白髪の少し長めの髪型。

背が高く、肩幅がとてもがっちりしている。

 

にこやかな顔で終始優しい口調で話しているが、どこか威厳を感じる。

きっと仕事ではとても厳しい人なんだろうと思わせる雰囲気がある。

 

「ゆきえちゃん。八尾さんはね、○○建設のすごい地位の人なんよぉ!」

 

りおママが八尾さんの肩にタッチしながら私に得意げに言った。

 

「そうなんですかぁ?!すごい!!八尾さん、すごい方なんですねぇ!!」

 

私はほんとに驚いていた。

○○建設はWさんのいる会社だ。

Wさんと木田さんは昔から取引がある仲間だ。

Wさんもその建設会社ではかなり上の営業さんだと聞いている。

 

じゃあ…この八尾さんとWさんはどんな関係なんだろうか。

そしてもし私が八尾さんと懇意になったら、Wさんや木田さんはどんな反応をするのだろうか。

 

建設会社の派閥はかなりあると聞く。

同じ社内でいくつもの派閥がきっとあるんだろう。

 

りおママはどうやって付き合っているのか?

あとで聞いてみよう。

ちゃんとはっきりするまで、Wさんのことや木田さんのことは絶対に口に出さないようにしようと決めた。

 

「りおママぁ~そんなん言うなって!この人はなぁ、昔から高根の花でなぁ。

俺のことなんてまーったく相手にしてくれへんかったんやでぇ~」

 

八尾さんは連れてきた部下であろう人たちに大きな声でそう言った。

 

「いやだぁ~!よう言うわぁ!そんなん言うてぇ~。ま、ほんまのことやけどなぁ!あはははは!」

 

りおママはすごくご機嫌だ。

 

トイレに立つふりをしてマキに近寄る。

マキの耳元で小声で囁く。

 

「マキ、あの八尾さんな、Wさんと同じ会社の人らしいで。でも多分同じ派閥ちゃうと思うから、Wさんとか木田さんの名前だしたらあかんと思うわ。後でママに確認するけどな。いまんとこそれでよろしく。」

 

マキは真剣な顔でうんうんと二回頷いた。

 

私がトイレに行こうとするとTELが鳴った。

たぶんTさんだ。

 

「ゆきえちゃーん!TELはいってるよー!」

 

ボーイさんが私を呼んだ。

 

「もしもし?ゆきえさん?まだお客さんいるの?」

 

Tさんは明るい声で私に聞いた。

 

「うん。さっき初めてお客さんがいらしてね。でももうすぐ行くわ。ママのお客さんやから大丈夫と思う。待ってて。」

「うん!待ってるで!でも急がんでも大丈夫やからね♪ずっと待ってるから♪ゆきえさんのこと♡」

 

今日はTさんもかなり上機嫌だ。

 

席に戻るとママが私のそばにきて小声で話し始めた。

 

「ゆきえちゃん。この八尾さんはどーしてもつないでおきたいお客さんなんや!

もう帰りたいんやろ?でも、もう少しだけいてくれへんかなぁ。な!あとで八尾さんのことは説明するからな。な?」

 

ママにとってはどうしても離したくないお客さんだということがひしひしと伝わってくる。

でも肝心の八尾さんは私の方には目もくれない。

 

どうしたもんか…

 

「はい…。もう少しだけいますけど、ほんとに今日はもう用事がありまして…

すいません。でも!八尾さんはママに夢中な感じじゃないですか!だから私が帰っても大丈夫ですよね?!ママにメロメロって感じじゃないですかぁ?!」

 

私はうひひ~な顔でママに言った。

 

「えー?!そう?ゆきえちゃんもそう思う?そりゃそうやろー!みんな私にメロメロな人が来てはるんやからぁ!」

 

ママはふざけながら八尾さんの方へ顔を向けて、話に戻っていった。

 

私は帰るタイミングを見計らいながら、ママと八尾さんの話にときおり大げさな相槌を打っていた。

 

そんな態度を見かねたママが『もう帰ってええで』の目配せをしてくれた。

『すいません』のジェスチャーをした時、八尾さんがそれに気づいた。

 

「おぉ!そうか!もう閉店時間やもんなぁ。悪かったなぁ。ママもすまんな。」

 

しまった!

 

「なぁ~に言ってんのぉ~!八尾さんはまだまだ帰さへんからなぁー!」

 

「すいません!八尾さん!今日はちょっと帰らなきゃならなくて。ゆっくりママといちゃいちゃしてってください!またよろしくお願いします!ほんまにすいません!」

 

「おー!ええのか?ママ。」

「もちろんええに決まってるやろー!ゆきえちゃん、お疲れさまねー!」

「すいません!お先に失礼します!」

 

 

まだマキも先輩ホステスさんたちもみんな残っている。

そしてお店にはママが絶対離したくないと思っている上客がいる。

その上客の隣について、ママから『お願い』までされたのに私は先に帰るのだ。

待ち合わせはTさんなのに。

家に帰れば会える人なのに、Tさんが待ってることに気兼ねして私は上客を逃すかもしれないのだ。

ママからのお願いも無視したのだ。

 

Tさんとの待ち合わせの場所に向かいながら、私は少し後悔していた。

私に見向きもしなかった八尾さん。

どんな人なんだろう。

どんなにすごい仕事をしている人なんだろう。

もっと話してみたかった。

でも今日の私の態度ではきっと次はないだろう。

 

 

「ゆっきえさーん!こっちー!」

 

相変わらずのテンションのTさんが私を見つけて手を振る。

 

「待たせてごめんやで。」

「なぁ~に言うてんの!大丈夫やで!で?もうお客さん帰った?」

「まだ。Tさん待ってるから抜けてきちゃった。私一人だけ帰ったんやでー!」

「え?お客さんだれ?なんていう人?」

 

これまた相変わらずな知りたがり。

私はすこしうんざりしながら、でもそれを悟られないように答えた。

 

「○○建設の八尾さんっていう人。すごい上の人らしいでぇ。」

「え?○○建設ってWのとこやないか?八尾…あー!なんか聞いたことあるわぁ!」

 

よくご存じで。

 

「ゆきえさん!そんなすごい上客が来てるのに一人で帰ってきてくれたん?

俺の為に?ほんま?!」

「そやで。」

「んふ!んふふ!うれしーーーーっ!!ありがとう!」

 

すごく嬉しそうだ。

でも私はTさんが後々めんどくさいからという理由で早く来ただけだ。

ま、でもそれも『Tさんの為』といえばそうなのかもしれないし、ま、いいとするか。

 

「Tさんも今日はありがとね。由紀ママに会わせてくれて。」

「なぁ~に言ってんのぉ~!由紀な、ゆきえさんのことめっちゃ褒めとったでぇ~!」

「ほんま?ほんまにほんま?!」

「ほんまほんま!ええ子やーええ子やー言うとったでー!」

「あー!よかったぁ~…ほんまによかったぁ~…」

 

素直に嬉しかった。

由紀ママにそう言ってもらえただけでもほんとに良かったと思った。

 

「で?どうする?ゆきえさんはどうしたい?」

 

Tさんにはめずらしく真剣に聞いてきた。

 

「うーん…。もちろんクラブで働いてみたいし、由紀ママのお仕事っぷりも間近で見てみたい。けど…うーん…。どうしようかなぁ…。」

 

“今すぐ”ではないような気がしていた。

まだもう少し、りおママのお店にいたいような気がしていた。

まだあのお店でやり残したことがあるような気がしていた。

でもそれはただ“怖気づいている”だけなのかもしれない…とも感じていた。

 

「そっかー。まぁ急がんでもええしな。ゆきえさんがその気になればいつでも働けるし。ま、一回由紀とお茶でもしながら話したらええんちゃう?」

「うん…。そうやね。ありがとう。」

 

Tさんと和やかにお酒を飲み、緩く“これから”の話をしてお家に帰る。

 

Tさんはずっとご機嫌で優しい。

 

私は「望んだことが叶いそうだな…」と微かに思いながらお家でもビールを開けた。

 

望んだことが叶いそうになると少し怖気づく。

自分が望んでいたくせに、急に受け取るのが怖くなる。

人間ていうのはつくづく“変化”に弱いんだなぁと感じていた。

 

そして、今日の私の八尾さんへの対応、八尾さんの私への対応が、酔いと共によみがえってきた。

 

はぁ…。

 

もう八尾さんの席には呼ばれないかもしれないなぁ…。

もし席に呼ばれたとしても、隣には座れないだろうなぁ…。

 

お客さんからの反応が悪かった時は、だいたいこうやってくよくよと考えてしまう。

これはいつものことだった。

 

あの時こう言ってれば…

あの時こういう対応をしていれば…

次はどんな態度でいこうか…

 

一人でも反応が良くなかったお客さんがいると、いつもこうやって何度も何度も考えてしまう。

 

でも、今回の八尾さんのことはいつもよりもその感情が強い。

それに私の方から先に帰ってしまったのだ。

私は『後悔』を強く感じていた。

 

はぁ…。

 

私はTさんとの会話をなんとなくこなしながら、心の中で何度も溜息をついた。

 

八尾さんとのつながりはもうないな…。

考えてもしょうがない。

向こうもママ目当てで来てるんだし、もういいや。

あきらめよう。

 

そう決心がついたころ、私とTさんは眠気の限界がきていてお布団倒れこむように眠った。

 

 

 

それから数日後。

 

出勤して間もない時間にお店のTELが鳴った。

 

 

 

 

 

つーづーくー