藤山家においでよ

藤山家ってこんなとこです。

藤山亮一さんと藤山空先生とワタクシ ~『家族』という名前の付いたチーム紹介~

みなさんこんにちわー!

 

今朝、坂爪圭吾さんの素晴らしいブログ記事を読んで

 

くぅ~!いいねぇ~!

 

と一悶絶したゆっきぃです。

 

その一悶絶した記事はこちら

ibaya.hatenablog.com

 

なんでしょうか?

この感じ。

 

やっぱり好きだわぁ~。

 

 

さーて。

今日はワタクシが心から愛する、心から尊敬するお二人を紹介したいと思います。

 

ワタクシの文章力で伝えられるかどうかわかりませんが…

 

とりあえずやってみよう!

 

このお二人。

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 ラブラブです。(;'∀')

 

ワタクシの旦那さんである藤山亮一さんとワタクシの娘である藤山空先生。

 

まず変人中の変人。(←私調べ)

亮一さんのご紹介。

 

ちょこちょここのブログ内でも触れてますが、私はこの亮一さんのことがほんとに好きです。

そして心から尊敬しております。

 

私の『旦那さん』という立場ではありますが、その“肩書?”みたいなものに当てはめて考えるとなにも心地よいことがない、ということに気が付き(結婚当初は当てはめて考えようとしていた。辛かった。)そこに気づいてからは『私の旦那である』とか

『そらさんのお父さんである』とかのカテゴリーにはめず、

どんな状況になっても『藤山亮一さん』として“見る”?“感じる”?ようにしております。

 

それはそういう風に“見る”に値する素敵な魅力に溢れる人だからです。

 

亮一さんの魅力を伝えるのはほんとに難しい。

できればいろんな人に『とりあえず一緒に暮らしてみぃ?』と言いたい。

 

出会ったのは私が29歳~30歳になる年。

(今私は41歳?だっけ?なのでもう10年前くらいだねー)

 

その頃からあまり大きく変わってないこと。

 

それは『彼を取り巻く空気感』。

 

いつも“凪”のような空気感をまとっている。

本人は色々と思うとこがあるのですが、感じさせるものは“凪”。

 

いつもブレない。穏やか。

 

その頃の私とは正反対だった。

 

そういえば出会ったころ、私は亮一さんの言葉でのけ反ったことがある。

 

「あのさ、みんな“成長するんだ!”みたいなこと言ってるけどさ、成長して成長してずーっとみんなが成長していったらどうなるの?この地球はどうなりたいわけ?

どうなんだろ?」

 

これを本気で知りたくて聞いてきた。

 

「誰も答えてくれないんだよねぇ…」

 

うん。

そうだね。

そんなこと聞いてきた人は貴方が初めてだったよ。

 

10年前の私はここにすごく衝撃を受けた。

 

 

そして今。

その“凪”感がますます増している。

 

『貴方は人間なんでしょうか?』と問いたくなる時があるくらい。笑

 

この間、二人でデートをした。

その時にこんな質問をしてみた。

 

「あのさ、私の自叙伝で過去に好きになった人の話しとか、ほかの男性とのSEXの話しとかでてくるじゃない?“やきもち”焼かないのかな?」

 

私は亮一さんがあまりにも“やきもち”というものを焼かなくなったので(知り合った頃はやきもち焼いたりしていた)『それってどーなん?!』な気持ちで聞いてみた。

 

すると亮一さんはこう答えた。

 

「うーん…『やきもちを焼くポイント』はここなんだろうなぁ…とかはわかるんだよね。だから一生懸命その感情を持ってこようと思えば持ってこれるんだよねえ。

たださ…もう持続しないんだよ。すぐ忘れちゃうんだよ。その“やきもち”という感情事態が重くてさ。持ち続けられないんだよなぁ。そういう感情の波動って重いじゃん。

それにゆっきぃの“過去”でしょ?

“今”のゆっきぃとは別、というか…もう違う人でしょ?」

 

残念ながら(笑)私の思った通りの言葉が返ってきた。

 

もうことごとく“今”に生きている。

 

そして、とことん“自分である”ことの責任をおって生きている。

“依存”というものをことごとく排除していっている。

人のせい、周りのせい、にすることがどれだけ居心地の悪いものであるか、を知っている。

感情は“自分の内側から”発生するものだということを実感している。

 

それゆえに、深い話をすると一種の“凄み”みたいなものを感じる時がある。

 

私の友人は彼の深い話しを聞いていると『怖くなる時がある』と言っていた。

 

でも、私は“その感じ”が大好きなのだ。

 

 

亮一さんは男性という“性”であるがゆえ、なのか、すぐに極論にはしる。

 

『生きていることに“意味”なんか、ない。』

『人間はもともと“価値”なんか、ない。』

 

これだけ聞くと冷たく感じるでしょ?笑

 

でも、ことごとく“コレ”なのだ。

 

だからこそ!なのだ。

 

だからこそ!『もう楽しむしかない!』

だからこそ!『自分に開き直る』しかない!

だからこそ!『自由に!なんだっていい!』

 

なのだ。

 

自分の外側に“幸福”をゆだねててはずっと“不幸”だ。

 

いくら自分の外側の“何か”を“幸福”の為にかき集めようとしても、いつまでたっても

“幸福”にはなれない。

 

とことん“自分”なのだ。

とことん“自分の内側”なのだ。

 

それを亮一さんは体感しながら生きている。

 

亮一さんは“真面目”だ。

“真面目”に自分を生きている。生きようとしている。

 

真面目に生きようと思ったばっかりに、十年以上やっていた整体のお店の店長を辞めちゃうくらいだもん。笑

仕事辞めちゃうくらいだもん。笑

 

 

もう一つ、亮一さんの『変な人だなぁ~…』エピソード。

 

先日、私は過去に『ソープ嬢』をやっていたことを自己開示した。

(日本語合ってる?)

 

 その記事これ↓

私のコト74 - 藤山家においでよ

 

これはずっとずっと亮一さんに相談してきたことだ。

 

「書こうと思ってるんだけど…どうかな?今じゃないかな?」

 

亮一さんのお友達も私のブログを読んでくれている。

お姉さんも読んでくれている。

そらさんが通っている幼稚園のママさんも数人読んでくれている。

 

もう考えるといろんなコトが想像できて吐きそうになる。

 

何度もそんなことを聞いている私。

 

そんな私に亮一さんは毎回こう言ってました。

 

「ゆっきぃが書きたいと思うなら書いたらいいよ。

面白そう!と思うならやったらいいと思うよ。

周りがどんな反応するかなんて関係ないよ。

それに、それで俺がどんな反応をしようがそれは“俺の問題”なんだから。」

 

 うん。

 

その通りだ。

 

「でもさ、書いても書かなくてもいいんだよ。どっちだっていいんだよ。

それはわかるよね?」

 

わーかーるー

 

そんなこんなありまして。

 

私はもう書きたくて、自己開示したくてしょうがなくなりました。

 

でも私にとっては手が震えるほどの怖さを伴う自己開示。

でもやっちゃいたい。

 

あーでもない、こーでもない、と時間をたっぷりかけてブログを書き上げました。

 

そして亮一さんにご相談。

 

「あのさ…書いてみたんだけど…読んでみてくれる?」

 

公開する前に読んで頂いた。

 

「どうだった?」

 

「うーんとさ…」

 

この後のアドバイスが的確すぎてほんとにビビりました。

 

「せっかくのゆっきぃの体験がこれじゃぼやけちゃうよ。もったいないよ。」

 

と、編集者のようにアドバイスをしてくれました。

 

ありがたい!!!

 

でもさ…

 

えーと…

 

嫁が昔ソープ嬢だった過去をさらす記事ですよ。

旦那さんが『せっかくの体験なんだからもったいない』って言う?!

 

やっぱり変人だ…

 

そんな亮一さんを私は誇りに思います。笑

 

あー

やっぱり亮一さんのことはうまく伝えられないや。

 

真面目に、真剣に“藤山亮一”をやっている彼。

真面目に、真剣に“コレってなんだ?”をクリアな目で見ようとしている彼。

 

だからね。

優しいんです。

 

いわゆる一般常識的な“良い”“悪い”でジャッジしないんです。

 

この文章だけ読んだら、もしかしたら冷たく感じるかもしれません。

 

でもね、自立しているからこそ!センターが定まっているからこそ!

優しいんです。

 

相手を尊重するんです。

 

会ってみたくないですか?(*'ω'*)

価値観変わりますよ。笑

 

よかったらご連絡くださいね♡

yukiukix.hateblo.jp

 

 

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空先生のことまでたどり着かなかったー!

 

また次回!

 

空先生もなかなかな奴なんですよ。

5歳にしてはなかなかやりますよ。

 

ではまた!